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積読マスターへの道のり ver.1

やった ぞ ! 本 を 手 に 入れた !

本が好きだ。
漫画も小説も、新書もハードカバーも文庫も、仕掛け絵本も地図帳だって好き。
本が好きだ。大好きでたまらない。
今日はそんな、『本』の話。

思えば小さい頃から身近に本が多かった。
本棚に詰め込まれた絵本。今なら分かるファンタジー、世界各国のお姫様たちのサクセスストーリー、童話寓話昔話。そんな感じのラインナップ。
いつだってそこにはたくさんの世界があって、そのどれもに自分は存在していた。
それでも本が好きかと聞かれれば「まあ」と答えるような子どもだったような気がする。それよりもおままごとの方が好きだった。


“好き”が増えたあの日

少しずつ読む本に文字が多くなったのはいつからだったか思い出せない……とは案外ならない。はっきりしっかり覚えている。
妹が産まれた時だった。
ゲーム機やインターネットに気軽に触れさせてくれるような家ではなかったため、いつも数冊の漫画を持って母と妹が居る病院へ向かっていた。気付けば漫画ばかり読むようになってしまったこと、何より大人のやり取りを身近にした子どもが飽きることなど分かりきったことで、案の定暇を持て余していたことを見かねた父が与えてくれたのが、人生で初めての小説だった。
『ドリトル先生航海記』。
シリーズもので途中からだけどお前なら読めるから、と渡された。今でもリプレイ映像のように覚えている。
アニメ調の表紙、今まで読んでいた本とは段違いの分厚さ、文字の多さ。全てにびっくりして慄いていた。
それでも母の居ない寂しさ、時間の使い方が下手だった幼少期の自分には命綱だった。
狂ったように読み進めて、5日。
目の前で映像が動くような感覚、空気感。あの頃は素直だったから尚のことずっと、“面白い”を享受していた。
そこからだ。読む本の系統が変わった。
絵本から児童書、ひみつシリーズ。祖父から教えてもらった伝記。毎日のように昼休みは図書館へ駆け込んでいた。
本って面白い。なんでも教えてくれる、なんでも好きな世界に行ける、なんでもなれる!
学級文庫はほぼ制覇、毎週の持ち帰り図書は悩みに悩んで3冊選抜していたことが懐かしい。
明らかに“好き”になっていた。
妹が出来て、埋められない寂しさを埋めてくれたのもあるのかもしれない。
弟妹を守らなきゃいけないと無意識下の責任感から逃れるためだったのかもしれない。
それも全部ひっくるめても、やっぱり好きになっていた。


ちょっと力抜いて、よく読むものとかの話。

ここまで肩凝っちゃいそうな硬さだったので、ここらでのんびりと。

よく読むジャンルはミステリ。それとSF、ほんの少しのファンタジー。あとは日常のほのぼのした空気感がある作品や食べ物に関する作品も好きだ。
もう1つ特筆するならエッセイ。学年が近い人のを好んで読んだりする。
いつかnoteで紹介したいと画策していたりしていなかったり。したい気持ちは十二分にあるので、まあ大丈夫でしょう。
オススメがあれば是非とも教えていただきたい。電話番号はこちら。
……というのは往年のネタで、noteに詳しく無いのだがコメントとかで教えてもらえたり出来るなら教えて欲しい。シャケンとかいうもので少しばかり寂しくなった懐とご相談して読みたいと思う。

漫画は少年ジャンプ作品から少女漫画、所謂3Lも読むしコメディやファンタジー、SF。コミックエッセイも読む。絵が物言うご飯ものは好きな作者さんがいるくらい。
線が細く、描き込まれている作画のものをよく読んでいる、と思っていたのだがよくよく考えると綺麗にデフォルメされたネコちゃんもいたりして。正直傾向はよく分かっていない。
漫画に関してはひとめぼれを狙っているのでオススメも勿論嬉しいけれど、是非自分の足で出会いたいとも思う。
それはそうとオススメはください。

息をすること、本を読むこと。

それは同義なのだ。自分にとって。
生きることに苦しさを覚えている時、上手く笑えなかった時、分からなくて不安な時、傍にはいつも本があった。
明確に答えをくれるわけじゃない。不安を根本から解決してくれるわけじゃない。それでも本は息をさせてくれた。
肺に、心に酸素を巡らせてくれた。頭に考えることを許してくれた。
なんて素敵な隣人なんだ。ありがとう。

ここらでタイトル回収。

ここまで割と読むことばかりにフォーカスしてきたけれど、実は精神が落ち着くひとつの中に積読がある。
勿論読めば一撃だ。それはもう明確にそうとしか言えず、ありとあらゆるデバフの中から通常状態に戻してくれるくらいのチート級。
そこに僅か届かないながらも確実に効果があるとひしひし思うようになってきているのが、積読。
少し前までは「ハァん!?積読だってェ!?そんなん出来んわァ!!あるなら読め、読んでから次買えィ!!」と心の中にいるおっちゃんにとてつもなく怒られていたためしたことがなかった。しかし、たまたま偶然買ったにも関わらず読む時間が取れなくなったことがあった。その時のメンタルの安定のしようったらなかった。物凄かった。

【一例】
「あっ、ダメだった……これ家帰っても引き摺るな……」

「あっ、ダメ!?いやあそうですか旦那ァ、それはそうとあの本どうなると思いやす?」

 ……とまあ、これは言い過ぎなのだが、ほぼ変わらないスタンスで息をすることが出来たのだ。
読まずとも息をすることが出来ることを覚えた人間は積読への印象が大きく変わり、心の中のおっちゃんも「まあええわ……」と許してくれることになった。ありがとうおっちゃん。ありがとう積読。
それからというもの、財布の紐が緩みっぱなしなのが心配ではあるけれど。
積読マスターなんて言ってみたけど、まだまだ全然ヒヨッコ。これからも研鑽を積んでいきたいところだ、積読のように。


一同集めてさてといい。

大好きな言葉。自分で物語を書こうとする度一度は思考に捩じ込まれる魔法の言葉。
いつか、ちゃんと使ってみたい。

そろそろ長たらしくなってきたので今日はここまで。
最後にひとつ、今日も積読マスターへの道を歩んだのでタイトルを控えて終わりにする。

『一人称単数』 村上春樹
『波間の子どもたち』 有海とよこ

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