言葉選びとリズム

ど素人ながら短歌を詠みはじめて気づいたこと。それは、普段どれだけ言葉選びと文章のリズムに気を遣っていなかったかということ。

短歌は基本的なルールとして五七五七七で詠む。文章を書く時には文字数を気にすることもそれほどないので、この五七五七七という三十一音という制約は思いのほか手強い。

字余り、字足らずも場合によっては個性やその人の味として捉えられたり、作品をより情感豊かにするために意図的に使われることもあるだろう。ただ、その場合もある程度は短歌というもののルールを知っていて、それに準じてたくさん詠んだ上に成り立つものだと思うので、始めたばかりの人間はしばらく基本に忠実にやった方がいい。型を破るにしても型を知らなければウンヌンカンヌン…と、たくさんの人が時代時代で言い続けてきたことなので、完全に無視するには重い言葉な気はしている。

そういうわけで基本に倣い短歌を日々詠んでいるが、文意は同じでも言葉選び方と置き方でリズムが変わり全体として別物になってしまう。
全て五文字と七文字で一つずつまとめた言葉を作れても、その配置次第で印象が違う。
それは頭の中ではなく声に出して読んだ時に、心地良さという形で大きな影響を与えることになる。

例えば、
1)
こんばんは いつの間にやら 空暗く 月が出たから 散歩に行こう

もう夜か 外が暗いね こんばんは 散歩しようよ 月を見ながら

2)
大雨だ 今日は外出 やめとこう ベッドにもぐり YouTubeかな

ベッドから 出なくていいや 「大雨」を YouTuberが ライブ配信 

雑に書いてしまったけど、内容はほとんど同じなのに印象は違うと思う。
いや、あんまり変わらないかな。どうなんだろう。このあたりも自分できちんと判断つけられるようにしないと。
今までも仕事、プライベートを問わず文章を書く際に、多少は言葉を気にしていたつもりではあった。
でも、短歌を始めてからもっと慎重に繊細に、しっくりくる言葉を選び並べるということの大切さを痛感した。
それによって与える印象に差を生むことも。

いくつも短歌を詠んでいると、自分の思考の癖や自分ならでは頻出ワードも可視化されて面白いので、試してみるのをおすすめする。
物事をどのように捉えているのか、他の角度から見たらどうか、言い換えるとしたらどんな言葉がいいのか、など考えることや気づきもたくさんある。
そして、もっともっと語彙力を上げる必要があるし、ことわざや慣用句もたくさん覚える必要もあると否が応でも突きつけられる。やることたくさん。

今日はそんな最近の気づきの一つ(もしかしたらnoteをやっている人は全員知ってるんじゃないか疑惑もあるけど……)をまとめてみた。
備忘録を兼ねて。

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