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[短編小説]ドアノブ

 はじめは娘の仕業だと思った。ただ、娘は保育園へ行っていて、家にいるわけもない。だとしたらこの白いドア、どうしても開かないのはいったいどういうわけなのだろう。


           *

 用を足しおえたのは数分前だった。立ち上がって、パンツとズボンをずり上げ、かちゃかちゃとベルトをしめる。水洗のレバーを引くと、じゃぶり、と音がなって水が流れた。洗った手を白いタオルで拭いてから、ドアノブに手をかける。金属製の、レバー型のドアノブは灰色で、てかてかと光っている。そのドアノブをぐっと下に押すと、どういうわけなのか、動かない。いつもならそのノブは音もなく下がって、この真白なドアも簡単に開く。反射的に、もう一度押してみる。やっぱり動かない。いったい、どういうわけだろう。なにか、間違ったのか。
 あぁ、なるほど、と思った。鍵を開けていないのだ。いたく簡単な話だった。ズボンを上げて、手を洗って・・・そうだ、たしかに鍵を開けるのを忘れていた。鍵が閉まっていれば、ドアが開かないのは当たり前のこと。結局、自分がうっかりしていただけのことだった。トイレの中で考え事をしていたからだろう。だいたい近頃僕はなんだかぼんやりしている。考え事をすると、ほかのことがおざなりになるのは悪い癖だ。
 ドアノブの下の小さな鍵のツマミを回すとガチャリと音がした。いよいよ、開くはずだ。もう一度ドアノブを押すと、なんだろうか、まだ動かない。どういうことだ。あ、鍵を反対に回しただろうか。だいたいわかりにくいんだ、この鍵は。開いているのかどうか、わかりにくいし、いつもどっちに回すのだったか迷う。こんなわかりくい鍵をいったいどうしてこのドアにくっつけたんだろう。こんどはこっちに。反対に回して見ると、またガチャリ。これで開くはずだ。ドアノブをぐっと押す。


           *

 いったいどういう因果なのかわからない。鍵は、開いているはずだ。何度も試したのだから間違いないというのに、やっぱりドアノブは動かないし、ドアも開かない。鍵は開いているのだから、だとしたらほかになにが原因なのだろうか。考えられるのは故障か。ドアノブが壊れてしまって、動かなくなったのだ。考えられなくもない。うん、第一この妻と娘と三人で住んでいるアパートはあちこち傷んでいる。そう古くないはずなのに、壁には正体不明の小さな穴が開いているし、目立たないところの壁紙ははがれている。前の人が乱暴に使ったのかわからないけれど、床も凹んでいるところがある。そういえば、お風呂場のドアも最近調子が悪い。ドアのストッパーが効いていないのか、きちんとしめたはずなのにしばらくすると勝手に開いてしまう。おそらくドアノブのばねかなにかが緩んでいるのだ。もしかすると、前の人が退去したあとのクリーニングや修理がいい加減だったのかもしれない。そういえば、入居したてのころにはクローゼットの端によくわからないなにかの部品が落ちていたり、キッチンの収納の中に前の人の食器が残っていたりした。クリーニング業者の問題なのか、不動産会社やオーナーがいい加減だったのかわからないけれど、どちらにしても貸す前にもう少しきちんと点検すべきじゃないだろうか。とはいえ、そんなことを今更考えてもどうしようもない。借りてしまってから文句を言っても、クレーマー扱いされるだけのことだ。気づかずに借りてしまったこちらにも落ち度があって、だからこそ、これまではそんなものだろうとあきらめて暮らしてきたけれど、とはいえこれは困ってしまう。開いてしまうのと、開かないのとではちょっと事情が違う。事実、僕はトイレから出られなくなってもうずいぶん経っている。ドアノブが壊れたせいならば、修理してもらうほかない。けれど、携帯電話はリビングに置いてきてしまったし、第一、人を呼んでも玄関の鍵は閉まっているのだから入ってこられない。いや、それは不動産会社に連絡すればなんとかなるだろうが、どちらにしろ、いまは連絡手段もないのだから人を呼べない。
 そもそも、ドアノブが壊れて開かなくなるなんてことが、ほんとうにあるのだろうか。たしかに、なにかの事情でドアノブが空回りするようになったりすることはあるかもしれない。けれどこんな風に、まるで怒った猿のようにドアノブが梃子でも動かなくなることなんてあるのだろうか。構造上、いや、実のところドアノブの詳しい構造はわからないけれど、かりに故障したにしても、少しくらいは動いてもよさそうなものだ。こんな風に少しも動かくなくなるなんて聞いたことがないし、となれば、なにかドアノブじゃないところに異常があるということだって考えられる。
 たとえば、トイレの外になにか障害物のようなものがあって、動かないようになっているということはないだろうか。そういえば、そんな話をなにかで読んだことがあるような気もする。トイレの外に重いものを置いていたら、なにかの拍子にそれが倒れてしまって、トイレのドアをふさいでしまう。それでドアが開かなくなってしまって、トイレから出られなくなる。たしかにありえそうな話だけれど、とはいえ、この家にかぎればそんな障害物はないはずだ。トイレを出たところは玄関になっていて、そこにあるのは娘の雨具と少しの砂場道具、あとは最近実家から送られてきたリンゴの段ボールだけだ。たしかに段ボールにはリンゴが数十も入っていて重いけれど、動かせないというほどのものじゃない。もしドアの前にそれがあったとしても、なんとかドアは開くはずだし、そもそも、それではドアノブが動かないことの説明がつかない。ドアが開かないのではなくて、ドアノブが動かないのだから、障害物があるかどうかという問題ではないはずなのだ。
 となれば、やっぱりドアノブの故障ということになる。家ではペットも飼っていないし、娘も妻もいないのだから誰かの悪戯ということもありえない。まったく、とんだ災難にあってしまった。なんて運が悪いんだろう。とはいえ、ひとり暮らしでなくて助かった。このまま待っていればじきに妻と娘が帰ってくる。そうすれば、僕がトイレにいることもわかるだろうし、修理の人を呼んでもらうこともできる。それまでの辛抱だ。こんなことならトイレに本でも持ち込めばよかった。妻が帰ってくるまで、おそらくまだ一時間以上ある。ほんとうなら、今日は金曜日、たまたま午後から休みがとれたので料理でもして、妻と娘にふるまおうと思っていた。妻の好きな豚の角煮には半熟卵を添えて、娘にも好物のから揚げをつくるつもりだった。副菜には春菊を胡麻和えにして、娘にも野菜を食べてほしいので春雨とトマトとレタスの中華風サラダをつくる。ほかにも今日はスーパーでアジのお刺身が良さそうだったので・・・。そうだ! 今日はアジの刺身を買っておいたのだった。買い物から帰って、買い物袋はそのままにしてトイレに入ったので、その刺身はいま冷蔵庫に入っていない。暖房もつけたから、刺身はだんだん温まってきている。なんてことだ。これじゃせっかくの刺身が悪くなってしまう。妻が帰ってきてから、すぐに冷蔵庫に入れてもらったとしても、もうそのときには二時間以上も暖かい部屋の中にあったことになる。きっとあのおいしそうだったお刺身も台無しだ。これも、ドアが開かないせいだ。いったい、なんで突然開かなくなってしまったんだ!
 

          *

 ずいぶん時間が経った。妻はまだ帰ってこない。時計がないので時間はわからないけれど、いつもより少し遅いだろうか。妻は六時には駅を降りて、保育園に娘を迎えに行ってから家に帰ってくる。保育園の迎えの時間は決まっているし、それに遅れるわけにはいかないから、妻が遅くなることはないはずだ。だとすれば、ずいぶん経ったように思うけれど、実はまだそこまで時間が経っていないのだろうか。トイレには窓もない。白い壁と、白いドアと、便器。床に子供用の小さな便座が置いてあるほかには、頭上に妻の生理用品を入れた小さな収納があるだけだ。こんなところで時計がないのだから時間の経過もわからない。とはいえ、それなりに時間が経ったことはたしかだし、妻がじきに帰ってくるのも間違いない。
 ゴト、ガサ、と音がした。妻か、と思ったけれど、そうじゃない。あれはきっと郵便物が、玄関ドアに据え付けのポストに投函された音で、その証拠にやっぱりそのあと誰かが入ってきたような気配もない。まったく、いまは何時なのだろうか。外はもう暗くなっているはずだ。こんなに長くトイレで過ごしたことなんてない。やることがないからか、やたらと時間が長く感じる。
 ずいぶん冷えてきたのは、きっと夕方になって気温が下がってきたからだ。家の中とはいえ、まだ二月、今日はめずらしく外に雪もちらついていた。トイレには当然、暖房なんてない。リビングではエアコンを入れているけれど、リビングのドアも、このトイレのドアも閉まっているのでさすがにここまで暖気は届かない。むしろトイレを出ればすぐ玄関だから、外からの冷気がドアの下から伝わってきているはずで、事実、足元はかなり冷たくなっている。こんなときに、温便座に助けられるとは思っていなかった。寒くなるトイレの中で、唯一の暖房器具だ。座るとじんわりお尻から温めてくれるので、なんとか過ごしていられる。温便座がなかったら、いまごろ僕はがたがたと震えていたはずだ。とはいえ、温便座で全部解決、というわけにはいかないようだ。温かいのはいいけれど、長らく座っているとお尻が温まりすぎてしまう。まるで強くこすって摩擦で温めたように、だんだんとお尻が痒くなってくるので、ときどきは立ち上がってお尻をさます必要がある。かれこれ二時間くらいは座っているのだから、そうなるのもしかたない。寒いからといって、あまりお尻を温め続けるのもよくないかもしれない。いまはいいけれど、やりすぎれば低温やけどになってしまうことだってありえるだろう。とはいえ、トイレの中はいよいよ冷えているし、厚着をしているわけじゃないから、お尻を離したままではだんだんと寒くなってしまう。便座に掌をあてて、手から温めたりしてみたけれど、やっぱりお尻から温めたほうが全身が温まる。お尻の様子を見ながら、座ったり立ったりするしかないようだ。
 ほんとうはこんなことを考えている間にも、早くここから出てしまいたい。トイレで過ごすのももう限界だ。真っ白い壁に囲まれて、外だって見えない。することだってないのだ。ただ、あせってもしかたがないこともわかっている。なんにしろ、妻が帰ってくるまでは出ることはできないのだ。それにしても、やはり妻は遅くないだろうか。帰ってきたのが四時ごろだったはずで、さすがにそこからもう二時間くらいは経っていてもおかしくない。そろそろ玄関のドアが開いてもいい時間帯になっているはずだ。
 もちろん、妻だってたまには遅くなることがある。たとえば保育園の先生から呼び止められて、迎えに来たついでにしばらく立ち話、ということになったりする。園での様子や連絡事項を伝えてくれるのだけれど、とはいえそれも十分とかからないし、帰ってくる時間がそこまで遅くなるということはないだろう。あとは、娘がなにかをねだって買い物をしてきているということもありえる。いつもならそんな娘の希望を聞いていたらきりがないので帰ってくるけれど、今日は金曜日だ。妻が今日ぐらいは良いかなと考えてしまってもおかしくはない。たとえば駅前のスーパーに寄り道して、娘の好きなチョコレートと、塗り絵帳をひとつくらい選ぶということになる。娘は移り気なところがあるから、そういうものを選ぶのはなかなか時間がかかる。こっちもいいけどなぁ、などと言いながら、しばらくいくつかの商品を見比べていたりするので、あっという間に二、三十分経ってしまう。もちろん時間がかかりそうであれば、妻はメールかなにかで連絡してくれているはずだけれど、いまはそんなものを見ることもできない。
 そもそも、この状況でこんなことを考えているのがばからしいのかもしれない。第一、今の時間もわからないのだ。まだ六時になっていないということだって十分にありえる。なにもわからない中で考えても、やはりなにもわからないだろう。とはいえ、やっぱりずいぶん時間が経っていることはたしかだ。たとえば、万が一、妻になにかあったということはないだろうか。帰り道、体調不良になっていたり、自動車にはねられたということはなさそうでも、電車が止まってしまったということはあるかもしれない。そうだ。最寄りの駅にはひとつの路線しか通っていないし、たとえばその路線で人身事故があったりすると数時間電車が動かないこともある。そうなると妻は帰ってきようがないのだ。現に半年くらい前には、その路線で大きな事故があって妻が帰れなくなった。そのときはたまたま僕が出張帰りだったので娘を迎えにいけたけれど、もし、今日もそんなことがあったとしたらどうしたらいいのだろうか。きっと妻は僕にメールしているはずで、いつまでも返信がないのでおかしいとは思うだろうけれど、かといって帰る方法もない。タクシーを使えばすごい額になるし、かりに大金をはたいてタクシーで帰ったとしても一時間近くかかってしまう。そうだとしたら、いつまでも娘の迎えはなくて、娘はお腹を空かせるし、保育園も七時までしか預かれないのだから困ってしまうはずだ。そうなったら大ごとだ。かりに保育園の先生がどうしようもなくなって娘を家に連れてきてくれたとしても、玄関のドアは開いていない。このトイレの中からでは、来たことだってわからない。もしかりにわかったとしても、このトイレからではきっと玄関まで声は届かないだろうから、先生は玄関先でまた困り果てるということになるだけだ。
 そんなことを考えていると、だんだんと不安になってきた。きっとそんなことがあったはずだ、というような気がしてくる。もちろんそんなことはそうそう起こらないはずだけれど、こんなときにこそ、運悪くそういうことが起こったりするものだ。すぐにでも携帯電話を確認したいけれど、そうもいかない。万が一そんなことがあったら保育園には迷惑をかけるし、娘は不安で寂しい思いをする。そうこう考えているうちにも、ずいぶん時間が経った。さすがにもう六時を過ぎているだろう。これだけ遅いのはやっぱりおかしい。きっと、なにかあったのだ。
 

         *

 なんとかトイレから出なければと思うけれど、その方法は難しい。念のためまたドアノブを下に押してみたけれど、やっぱり動かない。今度は右肩をドアに押し付け、ぐっと押してみるけれど同じこと。ドアは、壁になってしまったように動かない。これではもうドアを壊すほかないのかもしれない。ドアノブがどうしても動かないなら、物理的に、ドアを取り払ってしまうしかない。ただ、もしそうするとして、どうやって壊せばいいのだろう。ドアは木製、それを一面白く塗ってある。叩けばこんこんと軽い音がして、ドアの中はおそらく空洞になっているのだからそう頑丈なものでもないはずだ。とはいえ、こぶしで叩き割れるほど華奢なものではないし、となればなにか道具を使ってということになるけれど、ここにあるものはあまりに少ない。
 妻の生理用品なんかは当然役に立たない。トイレにある堅いものといえば便器だけれど、それは据え置きになっているから動かない。娘の子供用便座はどうだろうか。手に持って振り回せるサイズだから、これでドアをたたいて破れないだろうか。一度たたくくらいでは無理だろうが、何度もガンガンと打ちつければ穴が開くかもしれない。とはいえ、プラスチック製で頑丈なつくりとは言えないから、ともすれば便座のほうが壊れてしまうかもしれない。便座は娘のお気に入りだ。オレンジで、クマのキャラクターが描かれている。この便座がないと言っては外でのトイレを嫌がるくらいだから、もし壊してしまったら怒るだろうか。とはいえ、背に腹は代えられない。娘が保育園で寂しい思いをしているかもしれないのだ。まずはこれで試してみるのがいいだろう。
 便座を両手でつかんで持ち上げると、左足を前にしてドアに向かい、便座は右肩の後ろあたりに振り上げた。これを振り降ろしてドアを壊してしまおう。一度、練習に振り降ろしてみたが、狭いのでなかなか思い切って振り降ろせない。はたしてこんなものでドアは壊れるだろうか。いや、考えてみれば、そもそもほんとうに壊してしまっていいのだろうか。壊してしまったら弁償することになるかもしれない。ドアノブの故障なのだから大丈夫だろうか。いや、いくらドアノブが故障したとしても、ドアそのものを壊していいとは不動産屋が言わないはずだ。どのくらいの金額になるだろうか。ともすれば、妻がタクシーで帰ってくる方が安いかもしれない。オーナーの心象もわるくなるだろうか。運が悪ければ、退去させるとかそう言う話にもなるかもしれない。そう考えると、なかなか思い切りがつかなくなる。一度、ごく軽く便座でドアを叩いてみると、ドン、という鈍い音がした。なるほど、やはり便座があまり堅いものではないので、たたいてもなかなか簡単には壊れそうにない。第一、この小さな便座でドアに穴をあけたところで、それを自分が通れるほどの大きさの穴にするのにどれだけかかるだろうか。そう考えると、途方もない作業に思える。やはりやめておこう。そもそも、いったいいまは何時なのだろう。何時なのかがわかれば、こんなことでもやもやしている必要だってないというのに。


          *

 妻はまだだろうか。なんだかお腹が痛くなってきた。少し前からだ。ここはトイレだから用便の心配はないけれど、とはいえこの痛みは尋常じゃない。下したわけでもなさそうで、いまのところ便意はない。いったいどうしたのだろうか。困ったものだと手を見ると、震えている。額には、気持ちの悪い汗もしみだしている。だんだんと吐き気もしてきた。腹痛と吐き気、ということは食あたりだろうか。いや、食あたりを起こすようなものは食べていない。昼はカレーだった。朝はトースト。それに、食あたりを起こすならもっと前に起きているはずだ。だとしたら、これはいったいなんの病気なのだろうか。
 ますます腹痛が激しくなっていく。手の震えも強くなっていく。これはまずい。
 そうだ。水分をとっていなかったせいかもしれない。思えば、朝にお茶を飲んで以来水分をとっていない。ただ、この寒い時期に脱水を起こしたりするものだろうか。それに、腹痛というのがよくわからない。とにかく、確実になにかの病気だろうけれど、その正体がわからない。妻はまだだろうか。このままでは、倒れてしまうかもしれない。こんなことならば、やっぱりドアを破ってしまえばよかったのかもしれない。
 だんだんと視界が薄れてきた。なんだかトイレの壁がにじんだように見える。太腿のあたりがけいれんしているらしい。便座がキシキシと音を立てている。妻は、まだ帰ってこないのだろうか。もういい加減に、帰ってきてもいい。
―ガチャリ、ガチャ。
 玄関のほうから音がした。いよいよ妻が帰ってきたのだろうか。また郵便ということもありえるけれど、いや、娘の声がした。お父さん、と大きな声で呼んでいる。やっと帰ってきたのだ。なんとか間に合った。意識のなくなる寸前だ。間に合った、間に合った・・・。


          *

 目を覚ましたのは、数分前だった。最初に目にしたのは、壁の灰色のしみ。ぐるりと見渡すと、白い壁に囲まれている。僕はベッドに横になっていた。ここはどこだろうか、いや、そんなことはわかりきっている。僕はきっとあのまま意識を失ったのだ。帰ってきた妻が、閉じ込められている僕を見つけたのだろう。すぐに不動産屋に電話して、鍵屋を呼んで、それから救急車を呼んで、僕はこの病院に運び込まれた。
 どのくらい眠っていたのだろうか。時間は見当もつかない。時計を探してみるけれど、病室には見当たらない。クリーム色のカーテンが閉められているところからして、夜なのだろうか。思えばずいぶん静かだ。ともすると、夜中だということだってありえる。そうだ、付き添いがいないのだから、面会時間外なのだろう。
 起き上がろうと上半身に力を入れると、体が鍋の底のように堅かった。膝を曲げ、肘を曲げて、手を突こうとすると、節々がまるで錆びついたように動かない。いったい、どうしたのだろう。これだけ体が硬いということになれば、長らく眠っていたのだろうか。それにしては、病室になにもない。長い入院なら、見舞いの花やお菓子くらいあってもおかしくない。とりあえず、起きることだろう。起きて、ナースセンターに行ってみよう。そうすれば、いまの時間も、どのくらい眠っていたのかも、それになんの病気だったのかもすぐにわかるはずだ。
 上半身を持ち上げるだけでも、ずいぶん時間がかってしまった。堅い体をきしませるようにして動かしていくけれど、まるで自分の体じゃないようだ。なんだか、体に取り付けた木の棒を動かしているみたいで、なかなか思い通りにならない。
 やっとベッドの上に体を起こすと、足を手で抱えるようにしてベッドの外に投げ出した。スリッパが見当たらないせいで、足の裏には冷たさを感じる。ベッドに掴まりながら立ち上がると、だんだんと体が動くようになった。きっと血が巡ってきたのだ。心なしか、下半身がぽかぽかと暖かい。慎重に足を出して、洗面台や面会者用の椅子に掴まりながら、病室のドアに向かっていく。白いドアだ。なんとか、引き戸式のそのドアにたどり着いて取っ手をつかむ。金属製のドアの取っ手は、白色灯の光でてかてかと光っている。取っ手を引くと、どういうわけか、すこしも動かない。ほんとうなら、このドアは音もなく滑って開くはずだ。どういうことなのか。なにか、間違ったのだろうか。
 あぁ、そうか、と思った。単純なことだ。鍵を開けていな――――。

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