うそのある生活 10日目
7月5日 曇りときどき雨 生ぬるい風の吹く日、夕方に雷
しばらく体調を崩していた。会社にはなんとか行っていたけれど、家では何もできず、土曜や日曜にもずっと横になっていた。わたしが寝てばかりで、家事をする人がひとり減ってしまったので、家の中は荒れたし、いろいろな予定も滞った。
どうにか体調をもち直したと思ったのが水曜のことで、久しぶりに掃除をして、夕食を作った。思えば家事をしたのも2週間ぶりだったのだが、台所のゴミ箱を見ると、空き缶がたまってもう入らなくなっていた。ゴミ捨て担当のわたしが寝ていたのだから、たまるのは当然のことで、妻だって働きながら娘の面倒をみて家事もこなすのだから、ゴミ出しにまで手は回らない。
2週間の間に、家庭だけでなく会社でもいろんなことが後回しになっていて、気がつくといくつも仕事が差し迫っていた。結局その差し迫った仕事のせいでいつもよりも帰りが遅くなり、せっかく体調が戻ったというのに、相変わらず妻に負担をかけ続けるということになっている。妻も長らく一人で家事をしていて、やっと少し負担が減ると思ったところで、そんなことなのでいろいろと思うところがあるはずだ。
体調がもち直しはじめたと思ったころ、どうも静電気がよく起こるなと気がついた。湿気の多い時期だというのに、ドアノブをつかむとバチリとなり、誰かにうっかり触れれば電気が流れる。会社で誰かに書類を渡そうとするたび、相手に痛い思いさせてしまうので困っていたのだが、そのうちにもしかすると飲んでいる薬のせいかもしれないと思い当たった。
体調が悪くなったばかりのころ、かかりつけの医者から薬をもらったのだが、そのときに「この薬はいろいろと副作用がありますから」と言われていた。体調が悪かったのもあって、説明はうわの空で聞いたのだが、たしか静電気がどうのという話もあったような気がした。薬の副作用で静電気というのは聞いたことがないけれど、とにかく、もうすぐ薬も終わるのだからそれで静電気も収まるということになる。
今日家に帰ると、家の中がやたらと暗かった。とくにリビングの先のほうが暗くて、ごろごろとなにか音もしているようなので、おそるおそる寝室を覗ていてみると、妻が鬼になって娘を叱っていた。
鬼になった妻は、頭の上に灰色の雨雲をまとわらせて、そこからしきりに小型の雷を肩先に落としていた。どうやら娘が何か危ないことをしたらしく、それで妻が雷を落としているようだ。妻の顔が紅潮していき、ついには完全に赤くなる。よく見ると背中には、太鼓をいくつか背負っている。
しばらくあっけにとられていたが、妻がついに娘の臍をとろうとししはじめたので、あわてて止めに入った。止めようとしたところでうっかり妻に触れて、その瞬間に閃光が走り小さくない音がしたかと思うと、一番大きな雷がわたしに落ちた。心臓が苦しくなるほど感電したが、これまで2週間、妻にずいぶん負担をかけてきた。いろいろとフラストレーションもたまっているだろうから、妻に感電させられるのもしかたないのだろう。苦しいさなかに、どうやら静電気のほうも薬のせいではないようだ、と思った。
わたしのほうは雷にうたれてしばらく立てなかったが、妻のほうはわたしに雷を落として幾分放電できたようで、頭上の雨雲も薄くなり、肩先の雷もいくつか落ちた後に収まった。顔ももとの色に戻って、はにかむようにして背中の太鼓をおろしているのを見ながら、来週からはもっと早く帰ろうと強く思った。