疑ってみる、信じてみる、共感してみる。
玄関の呼び鈴がなった。
土曜日の午前中、息子は囲碁教室、妻は息子のお迎えで出かけたばかりだ。寝床で数冊の本を乱読していたボクは、インターフォンの受話器をとった。
「私は◯◯地区に住む□□という者で、聖書の言葉をひとつお届けに参りました」
中年の女性の品の良い声だった。こうした訪問は数年に一度にある。
身近な人でそうした信仰をもつ人がいて、でもボクはどこか疑念を持ってその人の言動をとらえているところがある。そんな思いが重なりボクはこう答えた。
「あぁ〜、おはようございます。