黄昏後の〆サバ

未だ日が落ちる前から玄関先の明かりを点けて夜に向かう家がある。住む人間たちの静かに太い熱を感じて、たじろぐ。なんせ今日の私はただ酒を飲みに家を出ただけのことである。私の家が放つ光は道ゆく人からどう見えているだろうか?或いは明かりは全て消してきてしまったかもしれない。気づけば私の関心は今月要求される電気代へと移っている。

玄関先の柔く確かな明かりは、抵抗だろうか?住む人間たちの、外部に結界を張るが如き意思だろうか。なんの気なく道を歩く私、その家の外部の立場から横目で明かりを見ている。実は緊張が漂っている。私は卑しい肉食の獣だ。

今晩、帰りにこの家の前を通るのは止そうとぼんやり考える。酒を食らいより一層の陳腐さを醸す私の思考が、この家の真摯な温度により血の気を失うことを無意識に恐れた。もっと酷くは、観念的な視界に囚われ、目の前を通ってもその温度を感じることすら叶わないかもしれない。
何か途方もなく鋭く深い欠如を感じるが、自分を肯定する材料なら手の届く所に幾つもあるし、手の届かない欲しいものの供給は際限ないため、そのような欠如はすぐにマスキングされ知覚できなくなる。

身体の外枠を見失うような恐怖と浮遊感が混ざる頭で飲み屋に向かう。ふとして顔を上げると、空はくっきりと暗く明かりはそこら中に灯り、私にはもうそれら大量の明かりを見分けることはできなくなっていた。肩の力が抜けるのをはっきりと感じた。直後、私は目の前の飲み屋で食べるであろう〆サバを想像し始めている。
それでも私は私が可愛い。

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