汚れっちまった悲しみに
久しぶりに朗読してみた。
中原中也のこの心情をどう理解するか、理解できているかで、朗読も伝わるか伝わらないか、だから難しい。
いくらこの詩が好きだと言っても、「本当に?」とわかる人にはわかってしまう。
だから、まずは『考えるよりも感じる』ことが先なんだと思う。
感じたことからきっと始まるんだと思う。
海で撮ったマーブルチョコの哀愁が漂いすぎていて、せっかくなら砂と海水で汚せばよかったと。
まだまだツメが甘いな。
ちょっともったいないことをしたなぁ。
それにしても…
歌や朗読を録音するのに、カラオケルームを使っているのだけど、空調などの雑音が編集でうまく消せない。
プロでもアマチュアでも、目指すものは同じ。
同じものを目指していい。
という話を聴いて、救われた気がする。
絵でも歌でも、文章でも朗読でもなんでも、本気で良いものを創ってみたい。
伝えたい、届けたい。
そういう想いは持っていていいんだな。
欲を言えば、オリジナルの歌をレコーディングしてみたいなんて思ってみたりもしてるし、
エッセイを書いてみたいとか。
愉しいやってみたいことというのは、際限ないな。
わたしの場合、とにかくそういう『愉しいやってみたいこと』が生きるエネルギーのようなもので、切らせてはいけないもの。
『声』に関して言えば。
『真夜中のラジオのような』とわたしはよく言うけど、
ひとりの時間が孤独で寂しいときに寄り添えるような。
やわらかくて温かい、落ち着くような『声』を目指したい。
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