うん、やっぱり間違いじゃなかった
先日くらをでお食事をお召し上がりになったご夫婦が、帰り際に声をかけてくれた
「建物の在り方があまりにも素晴らしいし、器もセンスがいいし、お料理も最高に美味しかったよ、どなたか著名な方がプロデュースしたのですか?」
私は答えた
「いえ、設計施工はこれから著名になるかもしれない知識とセンスとあそび心抜群の若いコンビで、器や家具は私の好みで選んでおります。お料理は素朴なものばかりですが、どれも今日美味しく召し上がっていただくために数年前から仕込んでいたものです。」
聴くと、その方は社寺仏閣の修繕を仕事にしている方で、以前増田町に来た時に建物たちがあまりにも美しく活用されているのを見て、次は奥様を連れてこようと思っていた、とのこと。
古い建物ばかりを相手にしてきたこの方が言う。
「こういう建物をもっちゃうとね、どうしてもそれっぽく(古っぽく)してしまいがちなんですよ。自由にしていいって言われてもね、強烈なコントラストを持つことにはなかなか抵抗があるでしょう。」
その方がいう建物の在り方とは、江戸から大正にかけて作られたこの建物に内包されている令和の部分の一体感を指していた。そして、一見強烈なコントラストがあるように見えて実は、経年変化で時空を融合させることが自然な建築という意味である。
専門家の目にはそう映ったんだ、と思うととび上がりそうなほどに嬉しかった。(心の中で「そうそう、そういう意味なんです!!私たちの想いを感じ取ってくれてありがとうございます!」って)
私は、何度も思慮に思慮を重ね、話し合いではそれぞれの真面目さがぶつかって言葉を強くしたり、何日も答えが出なくてプランが進まなかったりした苦しい改装の結果得たものの大きさを改めて実感した。
お料理のこともそうだけど、仲間の仕事を褒められるのってとっても嬉しい。あの時の取捨選択と決断の連続は間違ってない、きっと。