夫にとってわたしは何なのか、わかった。
なかなか衝撃的なできごとがあった。以前、夫から聞いた中学時代の思い出話の中に、文化祭の準備に不真面目に取り組んでしまったことで女子と大バトルになり謝罪までさせられたという重大事件があり、すこし前に会話の流れからその話を持ち出したところ、「覚えてない。そんなこともあったっけなあ?」と、とぼけた返事が返ってきたのである。
自分で言ってたじゃんかよ。たしか、7年前くらいに言ってた。あなたの口から聞いた。そんな自分史に刻まれるであろう大事件を忘れるなんてことがあるだろうか。と思うが、彼はほんとうに忘れているようであった。
わたしは中学時代にはまだ夫とは出会っておらず、夫からの口頭の伝承によりその事件を知ったわけだが、とても鮮明に、なんなら再現VTRまで頭の中で完成させ、記憶している。
体験した・言った本人が忘れ、聞いただけのわたしが覚えている。なんという逆転現象の発生。
わたしは、記憶力がよいほうだ。学校の勉強は夫の方が得意だが、日常生活の中での記憶力なら負けない。人から聞いた話、誰かが何気なく言った言葉、体験したことなどを、ありありと記憶し続けている。
夫は大事なこともそうでないこともなんでもかんでも忘れていくので、「なんでそんなに忘れるの?」と聞いてみた。すると、衝撃的な言葉が返ってきた。
「だって、〇〇ちゃん(わたし)に一回言ったら、全部覚えてくれるじゃん。ここ行った、こんなことがあった、こんな話したとかも全部覚えてるじゃん。だから、よっしゃ俺は忘れれる~、頭の容量増やせてラッキ~!仕事のことでも考えよ〜!と思って忘れてる。まあ、クラウドに保存するみたいな感じ」
まあ、クラウドに保存するみたいな感じ。
わたしはクラウド利用されていた。
てっきり無意識に忘れているのかと思っていたが、妻がどうせ覚えてるから忘れちゃおー!と思って忘れていたのか。わたしはあなたのクラウドだったのか。もし、この記事のタイトルを見て「最愛の人とかかな?」と、ハートフル路線を期待して読んでいた方がいらっしゃったら、ご期待に添えず申し訳ない。クラウドならば、月額使用料をいただきたいところである。というかもはやごみ箱な気もする。
だが、わたしは夫の「人に話して忘れる技術」に何度も助けられているのもまた事実だ。ふたりで何でも記憶して過去のことをぐじぐじ言い続けたら、この家は沈んでしまう。わたしは夫のように何でも忘れてゆく性格になるのはおそらく無理だろうから、これからもクラウドとして夫が忘れていくことを手伝うのが賢明かもしれない。夫にはいつも楽観的に「もう忘れたー」と言って、この家を明るく照らしてほしい。ふたりでバランスをとって生きてゆこうではないか。
おわり