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014話 違和感

 一度得た楽しい生活から、抜け出し難くなってるのも事実。

 しかし「入院生活を楽しい」と言っていること自体、周りの人々に言わせれば異常らしい。ならば、今の高橋 裕司も

「いつ退院するかは、あなた次第です」

 そう主治医に言われてはいるが

・・・現在も病人か? 処方薬も飲まなきゃいけない身だしっ。

 翌朝

 訳の分からん理由で、看護師に注意をされた。

 時刻は9時、向かい側の3南病棟の患者らがOTの時間の為、小広場に集まり待機している様子をこちら側の扉窓越しに遠めから発見して、裕司はいつもの癖で扉に近付き窓越しにその患者らやOTスタッフの姿をチェックしていた。

・・・殆ど、お婆かお爺じゃ〜ん?

 ガッカリして観ていると、裕司の居る側のホールで遠くに居る看護師に

「高橋さーーん?」

 手招き付きで呼ばれ、わざわざ行ってやると

「覗かないで! 向こうの人が気になるから」

 と……、言われた。

・・・じゃあ、扉窓の窓を段ボールで目隠しするとかしとけばいいじゃん? 見通せるそのまんまの窓にしてるソッチの不備じゃん?

 声に出してはいないけど、裕司はかなりの憤りを感じた。

 モーニング五目並べでミヤギお爺ちゃんに敗北し、モーニング将棋でヒロアキさんにも圧勝され、踏んだり蹴ったりだった。

 気を取り直そうと、サオリとの密会の事を思い病棟内で時刻まで待つ。

 ふとした事が頭を過り、オオミネさんに

「女性がチンチンを握る行為は、向こうも嬉しいのかなぁ?」

 恥じらいながらも、裕司はどうでもいい疑問を口にした。

「キスとかの最中に触らせて、嫌がらなければOKの合図ですよ」

 面白い知識を教えてくれた。

 そんな事を聞いたものだから、会ってサオリのお喋りを聞いている間も、ずっとずっと裕司は

・・・ナニをサオリに握ってもらうにはっ?

 エロで頭がイッパイだった。

 サオリは、自室の相方の不満や家族への不満が有ると伝えてくれた。

「ん〜、どちらに居ても精神状態を良好に保ち難い感じがするねぇ?」

 裕司は率直な感想を述べる。

「だーかーらー、早く2人で暮らしたいー」

 ちょっと動機がブレている気がするけど、2人での生活を望む気持ちが強い事は、裕司にとって有難い。

 残り時間が15分くらいになり

「行こっ?」

 邪な言葉を、省いて誘う。

 奥の方の草原で2人はいつも以上に強く唇を合わせ、初めて舌と舌とが触れ合った。

 裕司がサオリのズボンの上から、アソコを強く刺激したら、温かい息がサオリの口から吐き出された。

 そっとサオリの頭に手を添え、髪を優しく撫でようとして、気が付いた。

・・・ぼ、僕の右手? 指先が、ふ、震えてるっ?

 しかし、裕司はその場で気にする素振りを見せなかった。

「じゃぁ、またぁ」

 2人はいつもの様に離れて歩く。

 サオリとの接触が少し進展した悦びが有るっていうのに、最中で指の震えを感じた恐怖心の方が頭の中を支配していた。

「指の震えは有りませんか?」

 毎回の様に確認していた主治医の言葉が、その感情を増幅させる。

 病棟に戻り、久し振りに良い味付けに感じた昼食を食べ終え、OTの時間は施設の仲間との面会時間にした。

 外来フロアで施設仲間のカミさんに

「革細工で、お、俺のも1つ作ってくれよ。……煙草ケースとか」

 こんな風にご注文を受けていて、1作目のは既に前回の外泊時に

「自分でも納得のいく仕上がりじゃないのでぇ、もぅ1つ作りま〜す」

「コレはコレで大事に取って置くよ、ありがと」

 上手く作れなかったのには言い訳が有って、今迄、3作品の革細工を作っていたけど、全部がブレスレットでそれらは平面なので、煙草ケースの様な立体的な物は初体験だったからだ。

 思考を巡らした結果、今作では、立体のケースに煙草の箱を差し込むタイプではなく、ケース自体が平面に全開したりするタイプにしようと考案していた。

 今のところ、裕司の作業の様子を見に来た患者や看護師やらは、皆んな一様に絶賛してくれる程の大作が出来つつある。

・・・お世辞で言ってくれてるだけ、かもしれないけどねっ。

 待ちに待ったアルコールの自助会の時間

 結局この一週間、カナコと時間開放中バッタリ遭う事は出来なく、気分が沈みっ放しだったけど「やっと今から会えるかもぉ?」と思うと胸が異常な程に高鳴ってくる。

 裕司が会場に少し早めに入ったのは

・・・開始前にでも、お喋り出来るのではぁ?

 そんな風に、勝手な期待をしていたからだ。

・・・18時55分、まだ来なぃ……。

 アルコール病棟の患者は続々と入って来るのに、カナコの姿はまだ現れない。

・・・19時丁度、ま〜だ、来な〜ぃ。

・・・まさか退院なんて事ないよなぁ? ……外泊だ! そう、外泊中なんだっ。

 自分に都合のいい解釈をする事で、鬱症状に陥らぬよう自分の感情をコントロールした。

 カナコさん不在で開かれたミーティング、全く身が入らなく何度もコックリしてしまっていた。

 裕司の話す番が回って来た。

「こんばんは〜、入院中の高橋 裕司です。このゴールデンウィーク中に依存体質の自分を見つめ直す事が出来ました。病棟内で麻雀をやってる時、他の患者さんが『金、賭けようぜ!』『煙草を1本!』等と誘ってきても断る事が出来たり、今迄なら異性を見るや否や、すぐに接触しようと動いていたけど、自分の気持ちを抑える力が多少付きました。そして、今一番、熱中しているのが日記と言うか小説と言うかを書き続けていて、ソレを『書く』事は勿論『読み返す』事が出来るのが、過去の自分を振り返れてとても面白いんです。これからもこの調子で、継続して書き続けたいと思っています」

 みたいな事を話せて、いつも裕司が言いっ放す内容と丸で違うしっかりした言葉が、口からペラペラ出てきて自分でも驚いていた。

 翌朝

 雲が空一面を覆っている天気。

・・・雨が降ったら、アノの場所に変更しよぉ!

 いつもの密会場所は雨に弱いので、予め雨天時でも平気な場所を見つけていたのだ。

 10時05分、時間通りサオリが姿を現した。

 同じタイミングで手を振り合う。

「こんにちは、初めましてぇ」

 裕司は、可笑しな言葉を口走ってしまった事に気付き、自分で自分に驚いた。

「え? ……こ、こんにちはー」

 サオリは、一応、合わせてくれていた。

 危惧していた通りに、途中で雨が降ってきたので、小山からOTで使う出入口を目指した。

 焦って足を取られない様、手を繋ぎながら、ゆっくりと手作りな階段を降り、濡れる頭を庇いながら、屋根のあるアノ場所へ。

 裕司は、他に誰も人が居ない事で安堵した。

 濡れた所を摩りながら、裕司は聞き役に回っていたけど、頭の中ではさっきサオリに「こんにちは、初めましてぇ」と言っていた自分について考える事で、脳味噌が忙しかった。

・・・「こんにちは」は、まだ許せる。けど「初めましてぇ」とは、ど〜〜ゆ〜事だぁ? こんなに毎日毎日会っているのに? ……こんなにも好きに想っている人との挨拶で、なぜ『初めまして』になるんだぁ? ただの間違いだと済まされる問題じゃないぞっ!

 深刻に考え込んでいた為、サオリの言葉に反応していなく

「今日の裕司、元気が無いね?」

「……そ〜だね。裕司さんは最近、鬱みたいだから、僕が励ましているんだょ」

「……裕司? 何か変だよ、……大丈夫?」

「…多分、大丈夫だと思うょ」

「………裕司?」

「うん。…今、病棟で休んでるょ」

「……ちょっと! …一緒に来て!!」

 サオリは、裕司の手をグイッと引っ張り、雨に打たれるのもお構い無しに突き進み、正面玄関から外来フロアへ入って行く。

 受付の人に、裕司の身が今、可笑しくなっている事を伝える。

「自分の名前を忘れてしまっているみたいだし、何度も会ってるあちしの事も『初めまして』って言いだして……」

 話しながら、サオリの大きな瞳は涙でどんどん溺れていた。

 ソレに気付いた裕司はサオリの頭を撫でながら

「どこが痛いの〜? 痛いの痛いの〜飛んでけ〜」

 サオリは、更に泣き崩れた。

 裕司とサオリは手を繋ぎながら診察室に入り、裕司の主治医との3人による診察が始まった。

 先生は、2人に対して話すかの様に

「どうしましたか?」

 先生は優しく呼び掛けたが、裕司は、色んな所をキョロキョロと落ち着きの無い子供みたいで、サオリも止まらない涙を拭いたり、鼻を啜ったりと忙しい。

 そんな中、突然

「初めまして、お医者さん。ど〜しましたか?」

 この、裕司の短い言葉で、先生は理解するのに充分だった。

「一旦、CT撮って観ましょう。……オノデラさんは病棟に戻っていて下さい」

「あちしも一緒に居…」

「駄目です!! あなたはご家族の方ではないでしょ!」

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