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ヒーロー

深い深い穴に、まんまと落ちてしまった男がいる。何かの比喩表現ではなく、文字通り、深い深い穴に落ちたのだ。

この男、この町のヒーローである。お年寄りの荷物を運んであげるのはもちろん、弱いものいじめをしている奴らには鉄槌を下し、町に危険な集団が現れたときは自らの身を挺してこの町の人々を守るなど、町民から慕われていた。

「おーい」
彼がいくら叫んでも、彼の声は誰にも届かなかった。最初の内は何度も叫んだが、叫べば叫ぶほど体力が消耗されていった。

彼には、人よりかなり優れた身体能力はあるが、こんな深い穴を抜け出す跳躍力はない。空を飛ぶマントもなければ、かっこいいスーツも持っていなかった。
彼は静かに、夜が明けるのを待った。

明くる日、駅近くのとある銀行で、銀行強盗が起きた。
いつもなら、こうしたとき頼りになるのがヒーローだった。しかし、この日は、待てど暮らせど、彼は来なかった。幸いなことに犯人はすぐに捕まったが、町民たちからは、安堵の声よりも「ヒーローはどうしたんだろう」「何かあったんじゃないか」という心配の声が上がった。

町民たちは、すぐに彼の捜索に当たった。
彼のいる穴の付近にも捜索隊はやってきた。

「おーい」
力の限り声を上げたが、彼の声は届かなかった。

少しして、一人の少年が穴の近くにやってきた。
「なんだろう?この穴」
少年が中をのぞき込む。暗くてよく見えなかった。

しかし、
「おーい、だれか!」
遠くから、小さな声が聞こえた。

「だれかいるんですかー?」

「助けてくれー!」
男は声を張り上げた。

少年は急いで、近くの大人を呼びに行った。
「おーい、聞こえるかー?」
大人たちが、暗い穴の底に向かって叫ぶ。

「助けてくれー」
小さいが、はっきりと助けを呼ぶ声が聞こえた。

「待ってろ!今助けてやるから!」
「もう少しの我慢だ!救助隊がもうすぐ来るからな!」
「水を持ってきたから受け取れ!」
大人たちは救助隊が来るまで、彼らは男を励まし続け、ペットボトルや少しの食料を投げいれるなど、出来る限りのことをした。

すぐに救助隊が駆けつけ、彼はまもなく救助された。助け出された男を見て、皆目を丸くした。
「一体どうしたんだ?皆探してたんだぞ」
「穴に落ちてしまいまして・・」
皆大笑いした。彼は、穴があったら入りたかったが、もう穴は救助隊により塞がれようとしていた。

彼は改めて、皆に感謝の言葉を述べた。
「皆さん、本当にありがとう。僕を見つけ出してくれて、励まし続けてくれて、救い出してくれて。
僕は、自分のことを、何でもできるヒーローだと思っていたけれど、僕一人では何もできないと思い知りました。皆さんが力を合わせれば、ヒーローを超えることができるのです」

この言葉を最後に、彼はこの町を去った。彼は町民の力を信じている。

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