ファクトチェック・ジャーナリズムとは何か(上) 従来の報道との違い(3)
ベリフィケーションとは?
欧米には、ファクトチェック(fact-checking、正確にはファクトチェッキングと表記すべきだろうが、ここはファクトチェックの表記で統一したい)とともにベリフィケーション(verification=検証)という概念もよく使われている。この両者の関係が議論されることもあるが、少しややこしい。
私が最初にこの議論を知ったのは、2017年7月の第4回世界ファクトチェック会議、通称「グローバルファクト4」だった。そこで、IFCN代表(当時)のアレクシオス・マンザリス氏(Alexios Mantzarlis)がベン図(冒頭写真)を使って両概念の違いを発表したのだ。その時の聴衆の反応をよく覚えているのだが、わかるようでわからない、区別する意味があるのか、というものが多かった。私も当初はよくわからなかった。欧米のジャーナリズムに詳しい人に解説してもらったり、マンザリス氏が2015年に発表した論考などを読んだりして、腑に落ちるまで少し時間がかかった。理解できると、大変よく考えられた整理だと思う。
(IFCN代表(当時)のAlexios Mantzarlis氏。2017年7月のGlobal Fact4で)
彼は2017年に作ったベン図を微修正したバージョンを2019年2月にツイッターで発表したので、それに基づいて説明したい(下図)。
彼は両者の違いを、①事後/事前、②主題、③手法、④結果の観点から整理している。
ファクトチェックは、①事後的に、②公衆と関連する言説を対象とし、③専門家や学界、政府機関の情報に照らし合わせる方法により、④言説の正確性を判定する結論を下す。
ベリフィケーションは、①事前的に、②多くの場合、一般ユーザーが作ったコンテンツ(UGC〈User Generated Content=ユーザー作成コンテンツ〉)や非主流の情報源による情報を対象とし、③目撃情報や位置情報、画像解析などを用いて一次情報を調べる方法により、④記事を出稿するか取りやめるかを決める。
彼は2015年10月に発表した論考でも、ベリフィケーションを「ニュースになる前に、その情報の正確性を評価するプロセス」、ファクトチェックを「情報が公開された後に、その公に発せられた言説と事実に基づいた信頼できる情報源とを比較するプロセス」と整理していた。
For the purposes of this article, verification is a process that evaluates the veracity of a story before it becomes ‘the news’; fact-checking is a process that occurs post publication and compares an explicit claim made publicly against trusted sources of facts.
ただ、ここで見落としてはならないのが、ベン図の重なり合う部分をディバンキング(debuking)と呼び、その対象をフェイクニュースや口コミのデマ(viral hoaxes)と書いている点だ。
以上をまとめて私なりの理解を噛み砕いて説明すると、こうだ。
メディアがあるニュースを出稿する前に、ネット上の未検証情報のうち、ニュースで使うことのできる信頼に足る情報なのかどうかを検証する作業を「ベリフィケーション」という。それに対して、公的関心事となっている言説の正確性を判定する記事を出すことを目的としたものを「ファクトチェック」という。
ベリフィケーションは新しいニュースを作るプロセスで行われるものだが、ファクトチェックは既に発せられた言説を契機としてその検証記事を発表するために行われるものだ。
デジタル時代のジャーナリストはUGCなどネット情報を参照してニュースを作ることも多い。求められるのが画像解析などベリフィケーションのスキルだ。ベリフィケーションの結果、信頼できる情報と確認されればニュースとなるが(a story is published)、信頼できない情報、デマ情報の大半は無視して「ニュースにしない」(a story is stopped)という帰結になる。ただ、中には悪質な言説がネット上で拡散し、社会的影響を無視できないものがある。虚偽情報だと人々に周知する必要があるものについて記事化することを「ディバンキング」という。
おわかりになっただろうか。一番大きな違いはそれぞれの目的(マンザリス氏がいうresult)だ。政治家などの発言かネット情報かという「対象」による区別は本質的ではない。
(追記)日本では時々、政治家などの発言を検証するのがファクトチェックで、ネット情報を検証するのがベリフィケーションだという説が出てくるが、それは世界標準的な考え方ではない。そもそも政治家など社会的地位のある人物などもネットで発信するのが一般的になっており、そのような区分は意味がない。
実は、マンザリス氏の17年オリジナルのベン図では、ファクトチェックの対象を「公的な人物」(public figures)の言説と記していたのだが(ただし、英語のpublic figuresは公職者に限られないので注意)、誤解の元だと思ったのだろう、修正版のベン図では「公衆と関連する事柄」(public relevance)の言説と修正された。
これはマンザリス氏個人の見解である。広く知られているとはいえ、公式の定義ではない。
ただ、確かなことがある。先ほど引用したIFCN綱領の序文に書かれているように、世界の実践者の主流はファクトチェックの対象を政治家など公人の言説に限定するという考えをもはやとっていない。主要な政治家の発言検証をしてきたポリティファクトも、今やフェイスブックと提携してUGCをファクトチェック(ディバンキング)する時代になっているし、新型コロナウイルスをめぐって世界各国のファクトチェック団体が扱っているものの大半がネット上の言説なのである。
(初出:Journalism 2020年3月号)