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釣りエッセイ「糸の先にあるもの」

 今、わたしは渓流で釣りを始めようとしている。空は雲が少ない穏やかな春空。太陽がまだ高くまで昇っていない朝8時過ぎの空気は少しひんやりとして身が引き締まる。川特有の草や土がまじりあったような湿った匂いの中、足元の川原には白黒混在した石の群れがゴロゴロと転がり、10メートルほど先にはやや激しい川の流れがある。

 川は左から右へと流れ、川原と流れの境目には険峻な山のように複雑な形をした軽自動車ほどの大きさがある黒い岩があり、その下流側には普通車2台分ほどの広さの砂浜が広がっている。その砂浜まで気配を消しながら足元の石で足が滑らないように注意して移動する。

 川幅は15メートルほどで対岸は草木が生い茂る急斜面となっている。自分が立っている場所の左対岸には葉がほとんどない大きな木があり、枝が5メートルほどせり出している。ヘタに竿を振ると枝に釣り糸が引っ掛かるので、右手の下流から上流の木の枝の下に向けて釣竿を振り込む。釣竿のしなりに遅れて後から小さなオモリとエサのミミズを付けた釣り糸がフワフワと飛んでいき川の流れに吸い込まれていく。ここからは釣竿から垂れ下がる釣り糸を丁寧に観察して、目に見えない水中の状況を把握することになるが、確実な釣果に繋げていくためにその観察を書き留めることにする。

 釣り糸は透明で凝視してもなかなかわかりにくいが、特定の角度になると日光が当たって、竿先から水面に向かってスッと光の筋が入るのでそれで大まかな場所を把握することができる。糸の先には釣り針がありエサのミミズをつけているがそれは水中にあるので見えない。エサから20センチ上には小さなオモリがあり、さらにその20センチ上にはオレンジ、イエロー、ピンクのふさふさした毛の束を目印として10センチ間隔で取り付けている。一番下のピンクの目印からエサまでの距離は40センチになるのでそれを目安に水深を計ることができ、目印の動きで水中の様子を知ることができる。

 水流の中にある石や岩のまわりや急流の落ち込みなど渓流魚の居そうな場所にエサを流す。目印の動きが止まれば水底に当たっているのだろうし目印が早く流れれば流れが急なのだろうと推測しながら、地道に何度も場所を変えながら同じ作業を繰り返して観察を続けていくと、川全体の場所ごとの水の深さ、流れの速さがわかってくる。そのうち、だんだんと頭の中に水中の様子が鮮やかに浮かんできて、同じ場所でも水の深さで流れの速さが違うようなことまでわかってくる。

 そんなことをしていると、時折、目印が不自然な動きをして竿先から手元に振動、つまりは渓流魚のアタリが伝わってくる。簡単には獲物は掛からないが、アタリの反応が多い場所や水深がわかってくると、頭の中に思い描いていた水の中に渓流魚が泳ぎ始める。

 あとは想像している川の魚影の多いポイントに絞り込んでエサを流していけば、糸の先に待望の獲物を捕らえることができるのは時間の問題である。釣りとしてはややハードルの高い渓流釣りだが、重要なのはしっかりと釣り糸を観察して川の中の様子を把握すること、そして釣れるまであきらめないことだろう。

 糸の先にあるものは丁寧な観察なしで見ることはできないのだ。


■コメント
 春期に受講した「文芸演習1」で提出したレポートの原文になります。前に投稿したレポートとセットで作成したもので、内容としては「前回の続き」のような仕立てにしています。エッセイを書くレポートでは無いのですが、それっぽいので「釣りエッセイ」ということにしています。

 釣りの話ばかり書いているので、そろそろ違うテーマを書かないといけないな…と思っています。

 今回、レポートを2本書くこと、また、相互論評で他の方のレポートを読ませていただいたことで、文章や表現の工夫を勉強することができました。
 上手に書かれている方々と比べると「自分は小手先に頼っているな…」と気づかされますが、それが勉強になるんだと思います。

 次の機会に活かしたいと思います。

 

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