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「レースエンジン開発は面白い!」って言いたくなった

こんにちは、トヨタWRCチームで働く山下です。
僕は電動化にはとても賛成で、Fromula Eのように多くのレースカテゴリが電動化を進めるべきだと思います。個人的には電動化を推進しないとモータースポーツが生き残る道はないと思っています。

一方で僕が大学生の頃に目指したのはHonda F1のエンジン技術者です。大学院ではエンジン燃焼と圧縮性流体の研究を行い、実際にレースエンジン開発業務にも沢山携わってきました。レース業界にはエンジン屋さんの友達が沢山います。

僕はエンジンの制御系を主に担当していたので、少し変わった角度になるかもしれませんが、レースエンジン開発の魅力について書いてみようと思います。

(1) 技術者にとってのエンジン開発の魅力

僕はエンジン開発の業務は自動車開発の中で一番魅力的かもしれないと思っています。これはエンジン開発の技術者には多分野における横断的な知識や経験が必要なためです。

燃料を燃やしてエンジン出力を得るための原理を理解するには熱力学を理解しなければなりません。

吸気系などエンジンに取り込む空気量の最適化、燃料噴霧と空気の混合気の生成、インジェクターの燃料噴射量の理解には流体力学は必須です。
燃料点火タイミングの制御、空燃比や冷寒始動に対する燃料制御には、制御工学の知識が求められます。

その他、電子制御を可能にする電装システムの理解、エンジン振動に対する部品耐性についても把握しないといけません。

これらは僕が過去にレースエンジン制御開発に携わっていた頃に必要だった最低限の知識です。ハード、ソフト、電気と全てが求められました。特に社会人1-2年目くらいだったため土日も朝から晩まで必死に勉強していました。

これまで自動車メーカー量産部門にて自動運転の基礎開発を行い、その後の欧州レースチームでは車体側の開発が中心です。もちろん車体制御やデータ解析でも横断的な知識や視点は求められますが、エンジン開発の方が難しいと思います。

複数の領域が絡まる奥が深い事象を理解していくのは非常に楽しいです。エンジンが止まるなど問題が発生した際には、燃料系、電気系、制御系など多くの分野をまたいでトラブルシューティングする必要があるため、技術者としての力量が問われます。エンジニア視点ではこれ以上に魅力的な領域はありません。

現在のチームに加入して、自分の経歴を説明した際にマネージャに言われました。
「エンジン制御を行なっていた技術者はシャシ制御にも対応できる、しかしその逆はない」

将来的にはエンジン技術者の需要は減っていくと思います。まだシャシ制御はエンジン制御に比べて歴史が浅く発展途上です。しかし現時点では、僕がシャシ側に移行できている経験からすればこの発言は妥当な気がします。

(2) レースエンジンと量産エンジンの違い

燃料と空気を燃やしてピストンを動かして駆動力を得るという原理は同じでも、レースエンジンと量産エンジンでは異なる点は沢山あります。

僕がよく見るMatlab/Similinkで書かれている制御仕様書で比較します。
量産エンジンの制御仕様書は10,000ページ以上あります。一方でモータースポーツ専用の国内外トップカテゴリの制御仕様書は1,000ページに満たないものが殆どです。

最近は各国で安全性、大気汚染に対する法整備が進みエンジン制御も年々複雑化しています。量産エンジンはこれらの法規を通すために、排ガス浄化制御や診断機能を追加する必要があり、制御仕様書も膨大なページ数になります。

モータースポーツでもエンジンの水温検知、クーラント圧力低下、各センサ故障を診断する機能は必要です。しかし、量産に比べるとずっとシンプルです。モータースポーツはエンジン出力に特化した制御になっているためロジックが綺麗に感じます。

10,000ページになると1人では理解できないため、量産エンジン制御の技術者は各担当ごとに開発を行います。一方でレースエンジンの制御システムは比較的シンプルなために各技術者が全体像を理解できます。

モータースポーツはラップタイム短縮が至上命題です。車両は走る、止まる、曲がるに特化した機能に重点が置かれます。量産開発と比較した際に、モータースポーツに携わる技術者は車両全体を俯瞰的に見ていると思います。全体像を把握し易いことは自分の仕事の意味が分かりやすく、モチベーション維持につながります。これはエンジン開発に限らずレース業界で働く大きな魅力の一つだと思っています。

(3) 電動レースはつまらない?エンジンの爆音に癒される?

Formula Eを代表にモータースポーツでも電動化が進む中で、「エンジン音がないモータースポーツはつまらない」という意見をよく聞きます。僕はこの意見には賛同しかねます。

僕がレース業界に飛び込んだきっかけは、子供の頃に大好きだったプラモデルのミニ四駆です。改造して競争するミニ四駆はモータースポーツの縮図だと思いました。僕はカッコいい車が、すごいスピードで走っていることに憧れました。ミニ四駆はモーター駆動であり、僕にとっては音は後追いの魅力です。よって個人的な意見ではありますがモータースポーツが電動化されても、つまらなくなるとは思っていません。

但し歴史あるモータースポーツに置いて、エンジン音が魅力のひとつであることにもとても共感できます。高周波の甲高いエンジン音は一度ハマると癖になります。僕が量産開発を経験してレース業界に戻ってきた際に、レースエンジンの火入れに立ち会って「モータースポーツに戻ってきた、やっぱりいいな」と感じて少しホッとしました。

F1中継を見ていると眠たくなるのも不思議です。学生の頃は録画して何回も見直していましたが、結構な割合で寝落ちしていました。そういえば、子供の頃に鈴鹿でF1を観戦した際に、F1が爆音と共に疾走する中、隣の父親が爆睡していました 笑

案外レースエンジンの爆音には癒しの効果があるのではないでしょうか?

(4) まとめ

レース業界は環境問題を無視できません。F1は2030年までにカーボンニュートラルを目指しています[1]。電動バイクレースMoto Eは2021年で3シーズン目です[2]。WRCでも来年からはPHEV (プラグインハイブリット)になります。

環境意識が高まったのは2015年VWのディーゼルゲート事件と2016年パリ協定あたりからです。レース業界の中心地であるイギリスでも、ガソリン・ディーゼル車の新車販売は2030年から禁止です[3]。欧州を中心に各国が2050年までの温室効果ガス実質ゼロ目標を掲げる中で、モータースポーツも無視できない状況に置かれています。

電動化のトレンドは止まりません。それでも世の中でエンジンが戦犯扱いされているのは少し悲しく、エンジン開発の魅力を語りたくなりました。レース業界のエンジン屋さんには魅力的な技術者が多いです。僕はいろんなことを教えてもらいました。
レースエンジン開発はとっても面白いです。本記事はそんなお話です。

読んで頂きありがとうございました。スキやフォロー頂ければ励みになります。

[1]https://jp.motorsport.com/f1/news/Formula1-announces-plan-to-be-Net-Zero-Carbon-by-2030/4595784/
[2]https://bike-news.jp/post/195197
[3]https://kurukura.jp/car/20201127-80.html

自動運転とモータースポーツのテクノロジーについての記事を書きます! 未来に繋がるモータースポーツを創りたいです!