シュークリーム
踏んだな、何か。
ぐちゃり。かな。
いや、ぐっちゃぁり。
いやいや、「ぐ」が違うんじゃない? ぶっちゅあっちゃり。
「ちゃり」で終わる感じもなんかな。
半濁音も入れたいね。すると、ぶぷぶっちゅあっちゃり。
やっぱ「ちゃり」か。
シュークリームだったな?
暗くてよくわかんなかったな。夕闇だもんな。
夕闇って、あんま使わないけど、「夕闇」としか言えない暗さがあるよな。その暗さだな。うん。
急いでいたから、あんま確認しなかったけど、犬の糞でなかったのはたしか。
そいつから、踵が離れる瞬間は見たよ。なんか踏んだ時の人間は大体同じ動きするよな。
踏んだ側のアキレス腱から首まで雑巾みたいに捻って、眉をまぶたで目一杯に押し上げながら、後方の足元を確認する。なんだか滑稽だ。
おれはね、乳白色と黄色のもったりが、破裂するのを見たよ。
いや、振り返ったのは十分に体重が乗り切って、押しつぶされて、シューの狭間からたまらず逃げ出した後だから「破裂するのを見た」は錯覚だ。
破裂したそいつが、情けなく靴の裏から引き離されるのを見たのだ。
コンビニとかで売ってる、シューの中にクリームが入ってるやつじゃなくて、クリームがシューで挟まれているやつ。カスタードと生クリーム両方のやつ。
お菓子屋さんで買ったのかな?それを落とすかね、普通?
コンビニのやつを買い食いするならまだしも、几帳面に組み立てられた箱をわざわざ開けて、申し訳程度のアルミの上に乗っかったグラグラのそいつを、この蒸し暑さの中で、歩きながら食べようなどと思うものかね?
片手は箱を持っているわけだもの。そんな状態で、大口開けて、クリームを逃さないようになんて、誰にもできる芸当じゃないってわからなくもないんじゃない?
その浅慮がさ、パティシエがこだわったピサ的なバランスとかさ、そっと産湯に浸からせるみたいに慎重に箱にしまって、もしかしたらドライアイスも入れて、角が折れないように組み立てて、シールで封をして•••ってなんかそんな感じのやつをさ、全部台無しにしちゃったんじゃない。
楽しみはさ、あれだよ。あんまり急ぐと、ダメになるよ。
あ、そう言えば、シュークリームのシューはシューズのシューなんだっけ。
なんだか皮肉なものだね。
アスファルトの上で、靴とシュークリームが出会った瞬間に、菓子としての価値を完全に踏み躙られ、その内容物は混ざり合いながら爆発し、立体的な乳白色の染みが、地球にこすりつけられたのだ。
このことはきっと忘れないでおこうぢゃないか。
しかし、あれだな、靴に蟻とか寄ってきたりしないよな。
また、なんか道に落ちてる。
黒い、ジャージの、ズボン。
あれで靴裏を拭いて帰ろうかな。