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夏の視線

朝の9時、職場に電話をかける。
「おはようございます。今日は病院寄りたいので午前休にしてください。」
前後の記憶がないから、かなり寝ぼけていたような気もする。
しかし、今日の午前は大した仕事もない。すんなりと仮病はまかり通った。
ただの、深刻な、寝不足だ。
電話を切ったあとやっと眠気がやってきたので、浅い眠りに落ちる。
12時には起きて、身支度をして出かける。
駅前のチェーンの蕎麦屋に入る。
10分程度歩いただけだが、汗でシャツが体にまとわりつく。クーラーの効いた店内でも、汗が引く気配はない。

まもなく提供された蕎麦をすする。

ぐにぐにとした蕎麦の質感、かたまりになったわさび、つゆの濃さが、だらしない速度で脳を刺激する。
車のダッシュボードで熱されたミントガムを思わせる。

セットで頼んだ肉そぼろを卵でとじた丼。の、ふわふわとした食感との差異で、ようやく蕎麦の輪郭を見つける。

いくらかマシな気分になっただろうか。駅へ向かう。

駅のホームに上がると同時にやってきた電車に乗り込む。が、ギリギリのところで座れなかったので、発車前に降りる。
ホームの椅子に座り、次の電車を待つ。
椅子からは、ついさっきまで蓄えていた熱を背中と尻に押し付けられる。
左前方に目をやると、商店街の入り口の屋根とビルの隙間から、遠くの高層ビルが揺らぐのが見える。
正面は、レンガづくりのようなビルの外壁が視界を埋めている。
窓には美容室のポスターがこちらから見えるように貼られている。
色褪せて、ブロンズかシルバーか判別がつかない髪色の、バイオレンスアクションの主役みたいな女が挑戦的なまなざしをこちらに向けている。

なんだっていうんだ、と、頭の中でつぶやく。

まもなく電車はやってくる。


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