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「鳥は思いどおりに」揺川たまき 〈短歌50首連作〉

恋人のすがたかたちが部屋にいて寝起きする日々ひとごとみたい

寝転ぶとスマホの画面も回転してしまってなんかちがうと思う

山の写真 きみが見てきた晩冬の雪はこんなになめらかなのね

いわれたとおりにサラダ油を加えたら正しく消えるオクラのえぐみ

ホルモンはトングで押し広げて焼けば安全らしいよ結婚よりも

すぐお腹いっぱいになってつまらないスカートの中で冷えている膝

桃色の猫はいなくて撫でているトートバッグの絵 潜水艦の

いつでもできることほどしなくなる日々のサッシにたまってゆく砂と歌

点けたなら明るいテレビわたしのものじゃない駅伝が映ったりする

はればれと廊下を渡ってくるものはあのひとの声 雲が動いた

台風をあいさつの中に取り入れてそれで整うビジネスメール

ふつうに好きでいてはいけないそのひとの喉が産み出すそのアクセント

血圧を測られながら見た空が遠くの国に続いてること

恋うことのこれほどまでにあさましく触れられた椅子もわたしと思う

相槌のタイミングむずかしい 鳥が思いどおりに窓から逸れる

フローリングに座り込んで本をめくれば道路の揺れが足にまで来る

ふたりのひとを欲するこころくるしくて湯が落下して湯に砕けおり

脛に気泡いくつもついてそういえばひとが物体であること悲し

はらぺこあおむしのはらぺこっていま思うとしんどいな 夜は水底の底

部屋の中でなくしたリップが見つかってはしゃいでるふりのように喜ぶ

時給が出ないときにもわたし息をするまぶたに影を塗ってゆく朝

美容師に寝ててもいいですよと言われ眠たい人になったしばらく

いい切れ味って感じの音で切られてくわたしの見たことない襟足が

知らんけど街じゅうルビが付くように白や黄色の花あふれだす

傘を巻くぴろぴろを指で探すときふとおもう人類の罪とか

庭師には聞けずにスマホで調べたらメタセコイヤでそれがそよいだ

物語かよ おおきな花束渡されて恥ずかしい未満で乗った電車は

きみじゃないひとを優先する夜のアスファルトのつぶつぶきらめいて

やけにでかいファミリーマートの文字ひかる交差点 なるべく聞き手にまわる

生まれ変わってもこうはなれないひとと見るお好み焼きの上のろうそく

痕がつくと知ってなお貼る付箋紙のようにあなたを見つめてしまう

雪のはなしをずっと聞かせてよあくまでも人を殺さない雪のはなしを

傘は傘の上と下とに空間をわけてふたりに音降りそそぐ

手を振ればあのひとはちょっと手をあげてただそれだけの九段下駅

立ち尽くす きみの頭の地図上にあるドラッグ・ストアのにおいのなかで

すごく遠い気がする夜の飛行機がさらにすこしずつ遠ざかってく

知らん人に咳かけられたこのからだ取り替えたいな 地下道に風

飛ぶもので優しいもののひとつとしてモミジの翼果をきみに見せたい

切り花延命剤ありがとう ほんとうの救いじゃないと気づいてるけど

どこまでもきみが他人であることの嬉しさとして二膳の箸は

裁かれることなく密着できるひとたったひとりと暮らせば温し

日傘がもう木漏れ日だらけで木漏れ日になりたくなって日傘を閉じる

西日から顔をそむけて街を見るその街並みにあたってる西日

あとちょっとでセンス悪くなるぎりぎりのTシャツを着てきみがほほえむ

ドライフラワー作り始める そういうことをする人の気持ちを知るために

メイク落としジェルが冷たいのは頬が燃えているから ふつうの夜も

ぱちんって電気を消せばじんわりと自分のかたちがわからなくなる

花の写真 影が濃いからまぶしいのがわかるでしょう、わかってほしい

日焼け止めを塗った手首を夕風に突っこんだんだ泣きたくなって

ビルとビルのあいだに細く空はあり都合よくきもちよくなるこころ

第70回角川短歌賞(2024年)で最終選考に残った短歌連作をnoteで公開しました。
※2024年11月21日~28日にネットプリントに登録した連作と同じものです。

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