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「口約束で」揺川たまき〈短歌25首連作〉
もう何回目だろう東京に帰るのは行くとか向かうとかではなくて
雲が雲に落とした影を目で追った目でしか追えない場所にいたから
太平洋、音のはるかなあかるさに憧れるだけでよかった日々よ
新曲に慣らされている薬局でウィダーインゼリー買う深夜さえ
イチョウの葉まだ小さくて黄緑ですね自分はずっと自分のまま
笑わせたのか笑われたのかわからずにとても感じるエアコンの風
コーヒーのかたちを変えるきみの唇ストロー咥えたり離したり
ぼくら血のぬるさを運ぶ箱なのに口約束でまた会っている
はじめてきみを呼んだ響きを旧姓にするのがぼくの望みだろうか
神はおらず社殿を囲むビル群の青さは人のつくった青さ
ぼくよりも数秒長く祈っているきみを放って帰りたくなる
文字は星。そんなのは嘘なんだけどダークモードにすれば叶うよ
ぬばたまの夜の川面にあおざめたさくらばなあり、骨だ、とおもう
キリンレモンの缶にそうっと耳寄せるふたりのために世界よ黙れ
パラソルがこらえ切れずに夜もすがらこぼしてしまう春の雨水
海のごみみたいなスニーカー だれよりもなんでも大事にするはずだった
みずうみは結婚しないぼくらさえ溶かしてくれる海のふりして
叱ったあと抱きしめてくれる母のことわからなかったのに泣けていた
夕焼けがきれいなのは黄砂のおかげ理由だらけで疲れてきたよ
レシートが蝶になるって信じてるそうでもしないと夏、渡れない
シュークリームのクリーム鼻に付いてしまう生まれ直してここに居るのに
満開の観覧車からこぼれ落ちてきみと花粉になりたかったな
誕生日クーポンメールを消す夜のガーベラ重くこうべを垂れて
ふるさとの写真でぬるく満たされて曇りの昼のプールみたいだ
たいせつな人には寝ていてほしいから代わりに夜をスクロールする
第1回U-25短歌選手権で予選通過した作品です(2022年)。