勝田哲 作 「白椿」
勝田哲 作
「白椿」
昭和2年(1927年)
久々の投稿です。仕事が忙しく、週末の天候も良くなかったので美術館にも行けず、ちょっとネタ切れでした。
今回は、勝田哲作の「白椿」を紹介します。
はじめに、勝田哲の経歴を少しお話しします。
1896(明治29)年7月8日京都市に生まれ、本名は哲三。1920年東京美術学校西洋画科を卒業後、日本画に転じ、京都市立絵画専門学校に入学、30年同校研究科を卒業した。この間、平等院・法界寺の壁画模写を行ない、25年山元春挙に入門、26年「お夏」が帝展に初入選した。29年第10回帝展出品作「天草四郎」、31年第12回帝展「征旅(ジャンヌ・ダルク)」がそれぞれ特選となり、翌年から無鑑査となる。36年京都市立美術工芸学校に勤務、戦後京都市立日吉ケ丘高校で教鞭をとった。60年日展審査員をつとめ翌年会員となる。77年京都府美術工芸功労者、80年に京都市美術工芸功労者の表彰を受けている。主な作品は上記のほか「雨」(40年)「葵上」(49年)「舞女」(60年)など。また、1929年に初めて鏑木清方に出会い、その際に「その良識、雅懐、公正、画の事を別にしても先生こそ私の終世師事敬仰する方となった」と勝田は述べているが、既にこの頃には清方は門人を取らないと公言していた時期であったため、清方への入門は叶わなかった。しかし、度々、清方邸を訪ねており葬儀の時には清方の遺骨を拾っており、清方の長女から「あなたは多分(清方も)お弟子さんと思っています」と言われたという。
勝田哲は鏑木清方を師と思い制作を行ってきたので、透明感のある人物画が有名で、例えば「お夏」や「天草四郎」といった作品が代表作です。しかし、静物画も描いており、例えば、大津市歴史博物館で開催された「山元春挙画塾」展でも「青梅」と言う作品が紹介されております。この画も人物画同様、透明感のある作品です。今回紹介「白椿」もこの特徴を有しており、可憐で透き通るような花の描写が私は好きですね。
Tetsu Katsuta considered Kiyokata Kaburagi as his teacher, so he was famous for his portraits with a sense of transparency. However, he also painted still lifes. For example, a work called "Oume" was introduced in the "Yamamoto Shunkyo Painting School" exhibition held at the Otsu City Museum of History. This painting also has a sense of transparency, just like the portrait painting. The "white camellia" introduced this time also has this characteristic, and I like the depiction of flowers that are pretty and transparent.
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