久保州子著『アルプスの画家 セガンティーニ』を読んで
以前のnoteに、自分の好きな画家としてセガンティーニを取り上げたことがある。その最新の伝記である本書を図書館で見つけたので、借りて読んでみた。著者の久保州子さんは、2011年にあった展覧会「アルプスの画家 セガンティーニ~光と山~」のコーディネーターでもあり、その図録も見ながら興味深く読むことができた。
41歳という短い生涯だった画家 ジョヴァンニ・セガンティーニ。貧しく、父の死や母に愛されなかった不幸な幼少時代から、画家として国際的に認められていく激動の人生がつづられる。関係者への取材や様々な文献をもとに客観的な内容を展開しながらも、時折、会話調の文体が現れ、まるで小説を読むかのように感じられ、非常に楽しめた。
生誕の地アルコから始まり、ミラノ、ブリアンツァ地方、スイス・サヴォニン、オーバーエンガディン地方と、絵のモチーフを求めて渡り歩くまるで放浪の画家のようである。どんどんと国際的にも知られるようになり、有名人も彼の元に訪れたり、様々な展覧会にも招待されるなど、一定の成功をおさめる一方で、常に借金に苦しみ、プライドの高さから様々なトラブルを引き起こすなど、そういうところはやはり芸術家らしい芸術家という感じがうかがえる。
特に印象に残ったのは、彼が芸術に対する考え方を語ったというある美術誌での一節。
「芸術家は直感で湧いた信念を絵筆で表現して見る者に伝える。こうして芸術家は人の精神的な価値である超越的な価値を自分の作品に託すのである。」
筆者は、セガンティーニにとって芸術は頭で考えるのではなく、自然に湧いた気持ちを素直に感じ取って表現する、精神性の高いメッセージだととらえる。そこには、最後までこだわった自然や感情に対する深い洞察がうかがわれ、それは現代の芸術においても重要な役割を果たすものだと感じられた。
本の中では、セガンティーニの妻ビーチェへの愛の深さも印象的だった。法律上の婚姻関係ではなかったとこの本で知ったのだが、そのようなことは関係なく最後まで妻を愛していたことは、ロマンティックなセガンティーニ自作の詩「妻へ捧ぐ」からもうかがえる。ビーチェも夫を愛し尊敬し、死後も墓参りは欠かさず、夫から贈られた乾いて色あせたスミレを大切に飾っていたとのこと。様々な苦しい状況の中でも、素敵な夫婦の絆が感じられ、心が温かくなった。
存命中に生まれ故郷のマルコに帰ることができなかったこと、最後までスイスでの市民権が認められず、死後にスイスの名誉市民権が与えられたこと、そして何より出展を最大目標としていたパリ万博を目前に、達成できずにこの世を去ったことは、セガンティーニ本人にとっても、そして多くの人々にとっても無念であっただろう。
遺作となった《アルプス三部作》は、構想半ばで残される形になったが、現在でも名作をいえるものだ。もし構想どおりの作品ができあがっていたらどんなに素晴らしいものだっただろうか。それが永遠に叶わないことはやはり残念でならない。
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