イスラエルがレバノンへ侵攻した理由
イスラエルが、レバノンへの地上侵攻を開始した。
なぜイスラエルは、レバノンへの攻撃を仕掛けたのだろうか?
空爆と地上侵攻は、まったく別ものだ。
地上侵攻は、実際に領土を取りに行き、その地域を支配することが目的だ。イスラエルがやっていることは、ロシアと同じ侵略行為である。
(その割には、イスラエルに対する非難がロシアと比較して、すごくマイルドになっているのは、違和感がある。)
ロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・中東戦争、2020年になってから、ずいぶんと戦争が拡大している。
イスラエルは、なぜ戦争を仕掛けたのか?
イスラエルは、先手をうったのである。
イスラエルによる最近の中東紛争は、常勝のイスラエル軍が、一方的に弱小の中東諸国をぶん殴っているだけのようにみえる。だが見方を変えると、イスラエルのほうが追いつめられている。
イスラエルは、やられる前にやるしかない状況に追い込まれている。
イスラエルが急ぎ戦争を仕掛けた原因は、ロシア・ウクライナ戦争で、ロシア軍が予想以上の大苦戦を強いられたことだ。
2020年代から、戦争のあり方が変わった。それを証明したのが、2022年から始まった、ロシア・ウクライナ戦争だ。
2022年 2月 ロシアは、20万人の兵力と多数の戦車・航空機・ミサイルシステムをウクライナ国境に集結させ、一気にウクライナ首都のキエフを占領しようとした。キエフには精鋭の空挺師団まで投入された。
ロシアは、全力でウクライナを攻撃したのである。
ロシアは10日間でウクライナを降伏させる計画だった。欧米諸国もウクライナはすぐに降伏してしまうと予想していた。
だがしかし、ロシアの本気の軍事進攻は、ウクライナ軍により阻まれた。
ロシアは世界第2位の軍事大国で、しかも陸軍国である。陸上戦闘だけなら世界No.1だ。
世界No.1のアメリカ軍は、間違いなく世界最強の軍隊であるが、強いのは空母機動部隊を中心とする海軍と空軍であり、陸軍はそこまで強くない。アメリカはベトナム戦争で多数の死傷者を出して以来、まともに陸戦をしなくなっている。
それゆえ、ウクライナに侵攻したロシア軍は、間違いなく世界トップクラスの戦力だった。だが、10日でウクライナ首都のキエフを占領しようとしたロシア軍は、返り討ちにあい、国境まで押し戻された。
ウクライナ軍が、世界トップクラスの陸軍を返り討ちにできた理由は、2つある。
①携帯武器による戦車と航空戦力の弱体化
ウクライナでは、対空ミサイル(スティンガーミサイル)や、対戦車ミサイル(NLAW)をもった兵士が隠れており、ロシア軍の戦車やヘリコプターにミサイルを撃った。
これらのミサイルは、撃ちっ放し方式なので、撃った直後に退避可能である。そして、ミサイル自体も数メートル飛翔してから点火するなど、兵士が逃げて隠れることができるような仕組みになっている。
兵士は小さく隠れやすい。機動性もよい。車両とちがって道なき道を進むことが可能である。本気で待ち伏せする兵士を見つけることは困難だ。侵攻する戦車や航空機は、待ち伏せする敵を見つけられないから、一方的に攻撃される。
②精密ロケット砲システム(HiMars)による補給線破壊
ウクライナでは、侵攻してくるロシア軍に対して、精密ロケット砲システム(HiMars)による補給線破壊をおこなった。
このロケット砲は、80km手前から誤差数mの精密な攻撃を行うことができる。80kmといえば、東京~宇都宮 間、大阪~舞鶴 間くらいの距離である。宇都宮から東京を攻撃できるのだ。
もちろん、防空システムを完備すれば迎撃できる。だが、延々と伸びる補給線のすべてを防空システムで防御するのは不可能だ。ウクライナ軍は、ロケット砲により主要道路や橋などの補給路を攻撃することで、ロシア軍の補給線を脅かし占領地での戦線の維持を困難にしている。
今後の戦争は、防衛側が有利
戦車と航空機で電撃戦を仕掛ければ、携帯対空ミサイルや携帯対戦車ミサイルの餌食になって高価な戦車と航空機に大損害がでる。
犠牲を厭わずに、無理して攻め込んでも、今度は補給路(道路・橋)をロケット攻撃で狙われて前線への補給ができなくなる。
こうして、戦線は膠着してしまう。(ロシア・ウクライナ戦争でも、戦争開始時から戦線は大きく動いていない。塹壕が圧倒的に強かった第一次世界大戦に似ている)
戦線が膠着してしまえば、必然的に戦争は長期間続くことになる。
実際に、ロシア・ウクライナ戦争は、2年半継続しており、戦争終結の見通しはまだたっていない。
ウクライナ軍は、緒戦で世界トップクラスの戦力を返り討ちにした。だが、ロシア・ウクライナ戦争は消耗戦となっており、戦力の削りあいでは大国のロシアが有利だ。
21世紀の戦争では、防衛側が有利である。防衛側が有利になれば、必然的に戦線が膠着し、消耗戦に陥る。
イスラエルの人口は1000万人である。日本の十分の一以下だ。イスラエルの敵対国である、イランの人口は9000万人と圧倒的に多い。そして、イランの兄弟国家であるシリアの人口は2200万人だ。
国の大きさでは、イスラエルはイランやシリアに勝てない。イスラエルがこれまで中東で無双できたのは、イスラエルの経済力と、経済力に支えられた圧倒的な軍事力と、アメリカの支援のおかげである。
イスラエル軍の特徴は、最新鋭の兵器による圧倒的な軍の”質”である。”質”の面では、ライバルのイラン軍との間に、圧倒的な戦力差が存在している。
イスラエルの得意戦術は、電撃戦だ。強力な戦車と航空機により一瞬で敵をせん滅する。
第三次中東戦争では、エジプト(世界軍事力ランキング 15位、人口 1.1億人)をたったの6日間で敗北に追い込んだ。
だが、ロシア・ウクライナ戦争においては、世界軍事力ランキング 2位のロシア軍が、世界軍事力ランキング 25位(2021年)のウクライナ軍に返り討ちにあった。
ロシア・ウクライナ戦争では、世界軍事力ランキング2位、陸軍としては世界最強のロシア軍でも、電撃戦に失敗することを証明してしまった。
いまや、ロシア・ウクライナ戦争は、泥臭い消耗戦になっている。お互いの兵士が死傷していき、それでもなお多くの兵士を戦線に投入できた側が勝つという、我慢比べだ。
中東紛争において、イスラエルとイラン(とシリア)が我慢比べになれば、イスラエルは確実に敗北する。人口からいっても、領土からいっても、イスラエルは小国なのだから。
イスラエルの戦略目標は、”バッファーゾーンの確保”
21世紀の戦争は、防御側が有利である。であるならば、なるべく前線を押し上げておく必要がある。
幸い、イスラエルの隣国であるレバノン・シリアはビンボー国家である。ウクライナのような、携帯対空ミサイル、携帯対戦車ミサイル、高精度ロケット砲などは持っていない。であれば、イスラエルとしては、侵攻できるタイミングで領土を奪ってしまいたいところだ。
イスラエルは、携帯対空ミサイル、携帯対戦車ミサイル、高精度ロケット砲(HiMars)などを完備している。たとえ、イランが戦争をしかけてきても21世紀の戦争では、防御側が有利だ。イスラエルがいったんシリアを占領してしまえば、イランはシリアを取り戻すことができない。
イスラエルのレバノン侵攻の戦略目標は、究極的にはバッファーゾーンの確保である。紛争が起きる国境線をなるべく遠く、外へ押し出すことだ。
大日本帝国は、本土を守るため、朝鮮半島を領土にした。朝鮮半島を守るため満州を領土にした。国の中心を守るために、バッファーを設けるのはごく当然の考え方だ。
ロシア・ウクライナ戦争は、西欧諸国がロシアのバッファーであるウクライナを引きはがそうと試みて、ロシアがそれに抵抗したことが原因で発生した。
イスラエルも同じように、イスラエル本土を守るために、バッファーゾーンを確保しようとしている。だが、イスラエルの周辺諸国、トルコ、イラン、サウジアラビア、ロシアも、それぞれバッファーゾーンを確保したいと考えている。
朝鮮半島をめぐって、日露戦争が発生したように、ウクライナをめぐってロシアとウクライナ(西欧諸国)が戦争をしているように、イスラエルが勢力範囲を拡大しようとすれば、中東の周辺諸国も押し返そうとするだろう。
これから、中東では戦争が常態化することになる。
中東での戦争は、どのくらい続くのだろうか?
イスラエルとしては、レバノン全土とシリアの地中海沿岸部をすべて占領したいところだろう。シリアの地中海沿岸を占領すれば、海からの補給ができなくなるため、シリアの武装勢力が弱体化するからだ。だが、シリアを占領すれば、今度はトルコが、危機感を覚えてイスラエルに対抗してくるだろう。
今後、イスラエルは、レバノンとシリアの一部を占領するはずだ。そして、イランやトルコが反発して軍を送り込んでくるだろう。シリアを戦場にして、イスラエル軍と中東諸国の膠着した戦線が展開される。
現在のロシア・ウクライナ戦争と似たような状態になるはずだ。
トランプ氏が大統領になる前のタイミングだから、やるんだよ!
イスラエルは、なぜ2024年の9月に戦争を開始したのだろうか?
理由の大きな部分は、ロシア・ウクライナ戦争の結果を確認したからだ。レバノン・シリアがろくな武器をもっていない、今のうちにバッファーゾーンを取りに行け!ということだ。
もう一つの要因は、24年の11月のアメリカ大統領選挙だ。イスラエルの諜報機関モサドも、11月の大統領選挙で、トランプ大統領が誕生すると考えているだろう。
トランプ大統領は、イスラエルの味方である。
だがしかし、イスラエルがトランプ大統領の許可なく、地上侵攻を開始すればトランプ大統領の顔に泥を塗ることになる。一方で、トランプ大統領に、地上侵攻して他国の領土を切り取っていいですか?と真正面から聞いたところで、 ”OK”とは言ってくれないだろう。
イスラエルとしては、トランプ大統領の顔に泥は塗りたくない。トランプ大統領とは仲良くしたい。一方で、トランプ大統領が誕生してからでは、トランプ大統領から地上侵攻の正式許可を得るのは難しい。
だからこそ、トランプ氏が大統領に当選する前に戦争を起こす必要があった。
また、バイデン大統領の民主党政権が、イスラエルを制裁することは難しい。アメリカ政府の官僚たちにとっては、イスラエルびいきのトランプ大統領の誕生が目に見えているのだ。ここで、例えばイスラエルに対して何らかの制裁を検討したところで、11月の大統領選で、すべてがひっくり返される。
トランプ大統領が誕生する2カ月前であれば、バイデン政権がイスラエルへの制裁を決定するまで1カ月、それを実行する準備に1カ月。この時期にはトランプ大統領が誕生しているわけだから、バイデン政権がイスラエルに制裁をくらわすことは困難だ。
アメリカの大統領選挙の日程や、結果を考慮すれば、2024年の9月にレバノン・シリアへ侵攻するしかないのである。
トランプ大統領が誕生する前に、レバノン・シリアへ侵攻を開始すれば、トランプ大統領の顔に泥を塗ることもないし、トランプ大統領から正式な侵略許可を得る必要もない。
まとめ
イスラエルが、レバノンに侵攻した目的はバッファーゾーンの確保である。
21世紀の戦争は、防御側が有利になる。携帯対空ミサイル、携帯対戦車ミサイル、精密誘導ロケット砲により、電撃戦が不可能になった。
防御側が有利となるため、戦線は膠着する。
だが、イスラエルの北に位置するレバノン・シリアはビンボー国家で、十分な武器を持っていない。
イスラエルとしては、今のうちにとれるだけの土地を取ってしまい、シリアをバッファーゾーンにして、いざ戦争が発生してもイスラエル本国が脅かされることがない状況を作りたい。イスラエルは、今のうちに戦争を仕掛けて、周辺国からなるべく多くの領土を削り取る必要があった。
今後、ずっと続くであろう中東紛争を有利に進めるために、いま戦争が必要だったのだ!
その他
マスメディアの言い方が気に入らない
2024年の中東紛争は、完全にイスラエルが仕掛けた側である。
① イスラエルは、2024年7月にハマスのトップだったイスマイル・ハニヤ氏をイランの首都テヘランで暗殺した。
(敵対するとはいえ、他国の首都で、堂々とよその国の要人を暗殺したのである。例えるなら、日本を訪問中の台湾要人を中国の特殊部隊が、東京で暗殺したみたいなものである。そりゃもう、大騒ぎになるだろう。)
②レバノンを空爆、首都のベイルートの重要施設をボコボコにして、政府要人を何人も殺害している。
③レバノンに地上侵攻し、占領地を拡大している。
(ロシアがウクライナに侵攻したのと同じである。)
だが、イスラエルのレバノン侵攻に対して、イランが弾道ミサイルで反撃すると、「報復の連鎖は断ち切れるのでしょうか?」 と報道する。
この言い方は、さすがにひどくないか?
明らかに、イスラエルが、ほとんど一方的にイラン・レバノンをぶん殴っているのである。少しだけイランが、1パーセント分だけでも反撃したら、報復の連鎖をやめろ!と主張する。
レバノン・イランはイスラエルに一方的に殴られておけ! と主張しているのと同義である。
マスメディアの印象操作は、彼らはプロフェッショナルなだけあって強力だ。
我々が知っている倫理観では、戦争をいきなり仕掛ける側が”悪”という基準が存在する。今回、イスラエルは明らかな”悪”の動きをしている。にもかかわらず、ほんの僅かだけでも反撃するイランが悪い、というような印象を形成している。
マスメディアは、その印象操作、ヒトを動かす力でどれだけの”正義”を歪めてきたのだろうか?