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うちのおかんでもわかる羽衣学園事件最高裁判決(最判R6.10.31)

執筆の動機


 先日、私が上告代理人を務めた最高裁の上告審の判決がありました。高裁で逆転敗訴した後の再逆転判決で、報道もされました。喜び勇んで、母にLINEしたのですが、「なんのこっちゃか分からん」と言われてしまいました。
 報道についても、この判決のポイントがつかめていないような印象を受けたので、ここは上告代理人の私がわかりやすく解説したろと思い、執筆することとしました。

前提の知識

 理解の前提として、必要な法律の知識を簡単にまとめます。

雇用契約の「期間の定め」

 正社員と企業の間の雇用契約は、定年までは勤められる、すなわち、「期間の定めのない」雇用契約となっています。これに対して、パート社員などの場合は、3ヶ月、半年などと雇用期間の設定がされていることが多く、原則はこの雇用期間が満了すれば契約終了となる「期間の定めのある」雇用契約です(以下では、これを「有期労働契約」と呼びます)。

労働契約法18条1項の無期転換権

 この有期労働契約が、その契約期間で終了する分には何の問題もありませんが、日本ではこの有期労働契約を「更新」し、長期間、継続することが多く見られました。
 正社員とパート社員との間で仕事の内容や責任に違いがあれば、長期間、有期労働契約を継続したとしても、労働者側にもメリットがあるのですが、やってる仕事は同じなのに、正社員化したくないために有期労働契約を更新し続ける「便利使い」しているケースも散見されました。労働者のほうは正社員にしてほしいのに、企業がそうしてくれない場合があったのです。
 雇用契約は、労働基準法などの法律によって、労働者保護がなされている特別な契約であり、解雇のハードルは極めて高く設定されています。その分、企業には契約するかしないかの自由が広く認められています。そのため、有期労働契約の労働者を正社員として「採用」するかどうかはその企業の自由であるのが原則です。
 しかし、そのような原則を保ったままでは、いつまでたっても不安定な有期労働契約の問題は解決しません。そこで、労働契約法の改正によって、「有期労働契約が通算5年を超えた場合、労働者は雇用契約を無期のものとするように企業に請求できる」権利が定められました。この法律が作られたのは平成24年で、施行されたのは平成25年4月1日です。
 平成25年4月1日以降、このときから通算5年を超える有期労働契約の労働者は、企業に対して「無期転換権」を行使できるようになり、企業もこの無期転換権の行使がなされた場合にどうするか、そもそも、有期労働契約については5年を超えて締結しないようにすべきではないか、などといった対策を考えていきました。
(本稿の論点とは外れるので多くは書きませんが、無期転換権の行使によっても、契約期間が無期になるだけであり、そのほかの労働条件が正社員と同じになるわけではないことにご注意ください。

大学教員任期法

 大学教員任期法という法律が平成9年からあります。これは、この法律の第1条にあるとおり、大学教員について「任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定める」ものです。
 大学教員任期法の目的は、「大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与すること」にあります。立法者は、大学教員については、活発な人材の流動化によって、教育研究が進展すると考えたのです。
 大学教員任期法は、任期を定めることができる場合として、4条1項1号に「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」を挙げています。有期労働契約の大学教員のことを以下では「任期付教員」と呼びますが、大学においてはこの条文に従って、任期付教員の採用が行われていました。

 前述の労働契約法18条1項の制定により、大学教員についても有期労働契約の場合には、無期転換権が発生することとなりました。しかし、営利企業と異なり、大学の場合には、予算に限りがあるため、無期転換した場合のコストをまかなうことができない場合が多く発生することが見込まれ、この場合には5年で契約終了(雇止め)となってしまいますが、大学の教育研究において、5年を超える期間で取り組むべきものも多くあり、大学教員について5年での無期転換をすることは不都合であろうと考えられました。
 そこで、平成24年に大学教員任期法に基づく任期付教員の無期転換権の発生は通常の5年ではなく、10年とする大学教員任期法7条1項が制定されました。5年を10年とするために特別な法律を作ったのではなく、平成9年からもともとあった大学教員任期法にこの7条1項が加わったものです(ここがポイントです)。

最高裁判決の解説

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