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対話とは何か?/短編小説『言葉を耕す』第1章
私たちは日常のなかで「対話」という言葉を何気なく使う。
会話、議論、相談…。
表面的にはいずれも対話の一種だが、その背後には多層的なプロセスが潜んでいる。
言葉を交わすだけで終わるのか、それとも本当に互いを理解し合い、新たな変化を生み出すのか。
その違いを大きく左右する4つの階層があると私は確信している。
このnoteでは、その「対話の4階層」という私の仮説を示した後、そのエッセンスをストーリーで伝えるために、短編小説『言葉を耕す』を作ってみた。メッセージを伝えるためにストーリーを作るという新しいチャレンジだ。ぜひストーリーも合わせて味わってほしい。
対話は4つの階層からなる
第1の階層は「言語交換」だ。
これはいわば呼吸のように当たり前のもので、言葉が存在しなければ、少なくとも一般的な意味での対話は成立しない。
ただ、この階層で止まると、やり取りは情報交換や表面的な感情の共有にとどまり、本当の対話にはなりにくい。言語交換の前提となる要素が必要なのだ。
第2の階層は「観察」。
相手が発している言葉だけではなく、声のトーンや間の取り方、表情の移ろい、そして背景にある出来事までを注意深く見ることが求められる。職場で上司に何かを相談した時に、相手が全くこっちのことを見ずに、パソコンの方を向いたまま言葉だけを返してくるような場面があるだろう。ああいった他者への観察の視点が抜けた言葉のやり取りを「対話」とは呼ばない。
言葉の裏側にある心情や事情に目を向けること。それが、対話を成立させるのだ。
第3の階層は「好奇心」だ。
ここからは徐々に内面に入っていく。
相手に対して興味を抱かず、ただ自分の意見を押し出したり、質問に答えるだけでは、言葉をどれだけ交わしても心は動かない。「どうしてそう考えるのか?」「どんな経験があるのか?」――相手の背景や考え方を知りたい、学びたいと思う気持ちが、対話に本物のエネルギーを与えてくれる。
対話テクニックを変に学んでしまったような人は、第2階層「観察」までは実践するが、他者に対する好奇心がないままテクニックを駆使することになる。好奇心の欠如したテクニック野郎との言葉のやり取りを「対話」とは呼ばないだろう。
そして最下層である第4階層は「自己懐疑」だ。
簡単に言えば、「自分が間違っているかもしれない」と思える姿勢のことを指す。
この謙虚さなしに相手の意見を聞いたとしても、実は自分の固定観念を再確認するだけで、結局は変化を拒んでしまう。自己懐疑があるからこそ、対話は新しい世界や視点を生み出すきっかけとなるのだ。
言うまでもなく、この「自己懐疑」が一番難しく厄介だ。なぜなら、多くの人は「自分こそが正しい」と思っていて、変化する準備を持っていないままに会話に臨むからだ。つまり、自分の正当性を主張するだけのやり取りになる。それを「対話」とは呼ぶことはできない。
これを図示したのが、このピラミッド型の図だ。可視化できない下層のものが重要だということを示している。
果たして、自分の行ったコミュニケーションは、これらの要素を満たしていただろうか?それを振り返ってみてほしい。
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そして、この4つの階層を理解するための小説を作ってみた。ある農家を舞台にした小さな物語だ。
短編小説『言葉を耕す』
北海道十勝地方の広大な畑の真ん中で、康平はトラクターのエンジンを止めた。
見渡すかぎりの小麦畑が緑色から黄金色へと移ろう時期である。どこまでもまっすぐな道と広い空が、この土地の特徴だ。
康平の家は祖父の代から十勝へ移住してきた農家で、最近は近隣の離農の影響から康平の畑は50haまで広がりつつある。そんな広い畑を、母親と康平の夫婦、弟夫婦で守っている。
康平は、幼い頃から土のにおいや収穫のタイミングを肌で覚えてきた。祖父や父から、直接教わった記憶はない。康平も弟も、畑で遊び、そして彼らの背中を見ながら、時間をかけて畑のことを学んできた。
高校の友人の多くは札幌や東京へ進学し、そのまま都会に勤めていた。康平も東京の大学に進学し、札幌の企業で働いていたが、数年経って家の畑を継ぐことを選んだ。父親の容体が急変したからだ。そして父が亡くなったのは引き継いだ直後だった。
そこからは、日々が戦いだった。父親の報告を聞いた時は、継ぐべきかを真剣に悩んだが、一旦決めてからはこの選択を振り返ることはなかった。もうこの道以外は考えられない。
友人たちが都会で活躍する姿をSNSで見聞きするたび、自分は農家になったのだと実感するのだった。
そんなある日、東京の大学から研究者がやってきた。名前は佐伯由佳と名乗る女性で、土壌環境の変化や農作物への影響を調査しているという。これまでも稀に「アンケート調査」や「取材」は受けたことがあるが、大抵は一度話を聞かれて終わりだった。康平は今回も同じようなものだろうと、あまり期待せずに対応することにした。
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