マインド童貞と映画「バービー」
世間で言われている「女性のエンパワメント」的な文脈とはちょっとズレるんだけど、
グレタガーヴィク監督が私の人生にもたらしてくれていた、ごく個人的な「なにか」がいつの間にやら失われていたらしいことに気づいたので、
その「なにか」の内実について考えてみた。
たしか10年ちょい前、
いつも教室の隅でつるんでいたオタク友達たちが成長と共に脱オタ&社会適合し始め、
私も周囲に足並みを揃えようと必死になって空回りして、盛大に失敗したりしていた頃。
友人Aと行った映画祭で、たまたま観た「フランシス・ハ」が二人してブッ刺さり、
それ以来、友人Aとはグレタガーヴィク監督の新作が公開される度に一緒に見に行っていた。
なもんで、グレタガーヴィク監督がマーゴットロビー主演で映画バービーをやるってニュースが出た当初から、私はその友人Aを誘って行く気満々だった。
しかし、公開直前にSNS炎上したバーベンハイマー騒動を理由に
「バービーよりエレメンツみない?」
と友人Aには言われてしまい(まぁこっちもいい映画ではあったけど)、
その後、配信で一人で鑑賞はしたけれど、
友人Aはもう観ないのかも、なんて思った。
今思うと、グレタガーヴィク監督の作品を、「友人Aと共有する」ことを楽しみにしてたんだな、私。
ちょっと脱線して、私の思春期の思い出話をさせてほしい。
色々拗らせていた高校時代、どハマりしていたバンドがある。
スクールオブロックの主演で有名なジャックブラックとアコギめちゃうまなカイルガスからなるテネイシャスD。
テネイシャスDの映画の切り抜きYouTubeに初めて出くわした時、私もクソみてぇな実家から脱出してこんな風に楽しくやりてぇ〜〜!と強烈に思った。
それ以降、チンコやらスペルマのネタが散りばめられた童貞ホモソロックコメディが、思春期の私の心の拠り所になった。
親からは、
「何の価値もないお前でもこのレールに乗れば有用な人間になれる」だの、
「未熟な勘違いグズ、お前もそのうちこの価値がわかる、とにかく言う事をきけ」だのと
ハートマン軍曹よろしくビンタされながら繰り返し説かれ続け、
「も〜立ち上がれん、人生しんど」以外思えなかった16、7のときに
何度も繰り返し観て、腹の底から笑えたのがこれだった。
いい年の大人が友達とふざけ倒してる様は、私にとっての希望になった。
元ニルヴァーナのデイブクロールもカメオ出演しているし(悪魔の格好で出てきて、「お前らを性奴隷にしてやる!!」とテネイシャスDの2人とロック対決するのだ。クソおもろい)
なによりふつーに曲がいい。
ただ一つ難点があるとすれば、このコンテンツを当時の友達の誰とも共有できない事だった。
社会人なりたての時に見たグレタガーヴィクの「フランシス・ハ」は、いつまでたってもうまく周りの恋バナに乗れてない私が渇望していた、テネイシャスDの「無邪気なあの感じ」を女主人公でスクリーン上でやってのけていた、ように見えた。
一緒に見に行った友人Aとは、フランシス・ハで親友同士の女二人が喧嘩ごっこと称して殴り合いじゃれあうシーンを真似たりもしていた。
私が欲していたものが
グレタガーヴィクの映画を経由してあの時確かにもたらされたのだ、
といまになって思う。
私が固執していた「なにか」、
とるにたりない、なんでもないような楽しいことって、大人になるとよりいっそう見つけるのが大変になるよね。て話。