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エッセイ:微妙な人種差別と友情の力
年寄りの独り言として聞いていただきたい。もうかれこれ40年程前の事だ。
筆者はロンドンのあるインターナショナルスクールに通学していた。
当時この学校はアメリカン・インターナショナルスクールと名乗っており、上級生になるとアメリカの中学卒業資格のSATを受け、高校ではIB(International Baccalaureate)とアメリカの高校卒業資格のACTのクラスに分かれる。ACTの授業を取っているのはアメリカ人だけで、同級生であってもこの人たちと交流することは一切無かった。クラスが全く違うので、会う機会すらない。
ある冬の日、一人のアメリカ人が転校してきた。
アメリカ人のノリの好い子達が「面白い子だから」と色々な人に紹介していた時、たまたま筆者が紹介された。
「この子、日本人なんだよ」
すると、その転校生は顔をしかめ、「Japanese? No way, I have nothing to do with them. They are animals」と言った。
筆者は「Oh」と言って通り過ぎようとしたのだが、何か一言言ってやりたくなったのでこう言った。
「Judging by your accent, you must be American, right? In that case, might I suggest you return home as quickly as possible? You’ll find no shortage of Orientals while wandering around London.」
その子はぽかんとした顔をしてこちらを見つめていた。
筆者と仲良くしてくれていたヨーロッパ系の友達が転校生の方を見ながらその場を離れてくれた。
これは、転校生に対して「お前の言ってることは間違ってるんだよ」という表現になる。
数日後、学校の図書委員だった筆者は、いつものように返却された本を棚に戻すために図書室に向かっていた。その際、転校生のアメリカ人の子とすれ違った。
筆者が返却棚に入っている本を整理し始めた所、その転校生が図書室に入ってきて、遠くから筆者の事を眺め始めた。
何をしているのかは分からなかったが、とりあえず無視して返却された本の仕分けを始めた。
そこへ、普段から仲良くしてくれていたヨーロッパ系の友達が図書室に入って来た。
学校の図書室には何か国もの言語の本があり、筆者は入って来た友達にお願いをしてその人の母語である国の言葉で書かれた本がフィクションかノンフィクションなのかを教えてもらった。
学校の中では違う言語を話す学生同士は共通言語の英語で話す。
筆者たちも英語で話しながら本の仕分けを手伝ってもらった。
作業中、筆者は先生から日本からの転校生の通訳を頼まれ中座したのだが、
その時どうやら友達がアメリカからの転校生に何か言ったようだった。
その後もそのアメリカ人の転校生が、筆者が友人と話している所を遠巻きに見ていることがあった。話には加わらず、ただ耳を傾けている様だった。
数日後、そのアメリカ人の転校生が「俺が悪かった」と筆者に誤って来た。
特に気にしてはいなかったので「No problem」とだけ返してその場は終わった。
恐らくこのアメリカ人の転校生は、アメリカ国内で東洋系の人を身近に見たことが無いと推測される。多国籍、多人種がいるアメリカと言えども、国が広いので今まで東洋人と接することは無かったのではないか。自分が「Japanese? No way!」と言った後で他の白人の生徒たちがその場を立ち去ったり、図書室で筆者がヨーロッパ系の友人と喋っているのを見て、恐らく「こんなことはありえない」と思ったのではないのではないだろうか。
推測ばかりなので何が本当なのかは分からないが、その子が「俺が悪かった」と言ってくれたのは嬉しかった。東洋人でももう気にしないよ、と言ってくれたように思えたからだ。
この話は学校も知る所となり、何人かの先生から質問を受けた。
転校してきたばかりの学生にアメリカに帰れと言ったのかはなぜかと。
私はアメリカ人の転校生が行ったことをそのまま先生たちに話し、それに言い返しただけだと答えた。
またアメリカ人が東洋人への偏見を表すときはかなり歯に着せぬ言い方をし、イギリス人の様に陰湿ではないと答えた。どちらの偏見の表し方も歓迎できないが、偏見は見過ごせないとも言った。
先生たちは「あなたがアメリカ人を嫌いにならなければいいのだが」と仰っていた。
彼はACTのコースを取っており、IBコースを取っていた筆者とはその後顔を合わせることは無かったが、自分と同じ白人が、東洋人の筆者と接している所を見て、何か考えを変えるきっかけになったのかもしれない。
「Japanese ? No way, they are animals」と言われたときは正直言ってまた人種差別が始まるのかなあと危惧したのだが、周囲の友人のおかげで酷い事態に発展することは無かった。
これも仲良くしてくれた友人達のおかげだと思っている。友人達とはその後疎遠になってしまったが、彼らの存在が筆者を助けてくれ、アメリカ人の子にも考えを変えるきっかけになったのは嬉しい事だ。
人種が違う生徒と初めて接する時、「嫌い」とするか「特に気にすることは無い」と二つの反応に分かれると思う。アメリカ人の転校生は日本人、もしくは東洋人を「嫌い」と反応したのだろう。
けれども、日本人が数多く在籍していたあの学校では、いずれ大人数の日本人を見ることになっただろう。彼が時間をかけてでも東洋人の存在を認めてくれたのはありがたい事であり、またそのきっかけを作ってくれた筆者の友人にも感謝の念で一杯だ。