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昔語り:酔っ払いに絡まれる男子を助ける難しさ

完全な年寄りの昔話として読んでください。
 
時代は前世紀の途中、1980年代の事です。
 
当時家族の転勤でロンドンに住んでいた筆者は、一時期ストーカーに付きまとわれることがありました。
 
地下鉄で会ったストーカーの男性は、当時筆者が通っていた高校を見つけて、門前をうろつき、同じ学校に通う日本人の生徒にも迷惑をかけていました。最終的に近くの交番のおまわりさんにボディーガードを頼まなければならない事態がありました。
 
この時、先生がこのストーカーと話した様なのですが、その場に同級生の男子が数名いた様で、ストーカー騒ぎの翌日、こんなことをその同級生から聞かされました。曰く、
「日本人は金髪が好きなのか」と。
 
そこで、10代の半ばのあやふやな知識で何となく理解していたことを話しました。
 
日本人の中で、少数だが男性でも女性でも金髪が好きな人がいる。
 
門前に立っていたストーカーは金髪。しかも黄色がかっていていかにも金髪というべき髪の色をしていました。どうやらこの人物は日本人女性から金髪であることにちやほやされた経験がある様でした。(また聞きだったのでどのように説明があったかはわかりません)
 
そのストーカーの髪の色を好んだ日本女性がいたそうです
 
そして1980年代の日本では金髪の外国人男性を好む女性もいれば、金髪の女性を好む男性もいることを説明しました。(今現在の日本ではそのようなフェティーシュがあるのかどうかは分からないです)
 
筆者は例としてJungle Feverという言葉を使いました。普通に言うとマラリアという熱帯地域の病気の事を指しますが、アメリカのスラングでは「黒人女性の後を性的な対象としてつきまわす白人男性」という意味があります。
 
当時のイギリスではスラングの意味でのJangle Feverは一般的では無かった様で、アメリカに長く住んでいた子がイギリス人の同級生に通訳をしてくれました。
 
女性でも男性でも日本人で金髪を好む日本人がいる。当時高校生だった同級生にはインパクトのある考え方だったようです。ブロンド・フェティーシュとでも言うべきものなのでしょうか。
 
数日後の週末、筆者は家族とロンドンの中心街のレスター・スクエアという所を夕食に行くために歩いていました。映画館やレストランなどが建ち並ぶ広場で、近くには中華街もあり、夜には賑やかになる辺りです。
 
すると、ジャングル・フィーバーについて説明した仲良しの同級生の男子たちが目に入りました。三人とも一見して日本人と思われる女性達にべたべたされていました。
中に一人金髪の男子がいたのだが、この子が一番べたべたされており、顔を背けるなどとして一見して嫌がっているように見えました。
 
筆者は一瞬、どのような状況なのか判断が付かず、一緒に居た父に「あれは絡まれているのか,それとのいちゃついているだけなのか」と尋ねました。
父は一言、「あれは絡まれているな」と言いました。
 
「それじゃちょっと行って片してくる」と筆者は言い、同級生たちが絡まれている所に近づいていきました。
 
当時の日本の女性はロンドンでは一見してすぐ分かる外見をしていました。
 
数年前に高校のダンス部のパフォーマンスで話題になったのはご記憶にありますでしょうか。その場にいた日本人女性は白塗りに近いホワイトのファンデーションを厚く塗り、眉は黒々と書き、カーラーで外巻きにしたのがはっきりとわかるカールした前髪に、おそらくソバージュと呼ばれるウェイビーな髪の毛。赤や黒の派手なジャケットにミニスカートを履き、足元はピンヒールの靴を履いています。明らかに娼婦と間違われてもおかしくない服装をしていました。
 
ロンドンの、特にレスター・スクエアは中華街の近くなので東洋人は大勢いたものの、香港や中国本土から来た東洋人の見掛けと日本から来た女性達の姿かたちは明らかに異なっていました。
 
金髪だった同級生は顔をしかめて女性を拒み、他の同級生には日本人女性がしなだれかかっている。おそらく酔っ払いだろうと察したのですが、どのタイミングで声をかければいいか勇気が出ませんでした。
 
「金髪、可愛い~!」
「お姉さん達と遊ばない?」
「すごーい、外人って素敵ねえ」 そんな声が繁華街のレスター・スクエアに響き渡っていた。
 
周囲の目を気にせず男性にセクシュアルハラスメントをしている女性たちが居る。しかも16歳くらいの高校生が20代と思われる女性からセクハラを受けている。目の前で起きていることがどうにも理解が追い付きませんでした。
 
同級生たちはなぜか硬い顔のまま笑顔をつくりこちらを見ていました。
 
ここで筆者が同級生たちに普通に話しかけていたら何の問題なく解決していたのかもしれません。しかし状況が状況で、同級生たちをすぐにでもこの場から離さなければならないという気持ちで一杯でした。
 
その内、女性にしなだれかかられていた同級生が、女性を突き飛ばしました。
 
それを見た筆者は、女性と同級生たちの間に入り、「もうその辺りで勘弁してもらえませんか。この人たち高校生なんで」と女性達に話しかけました。
 
女性達はいきなり聞こえてきた日本語に一瞬ぽかんとして動きを止めました。
 
筆者は同級生たちを駅の方に向かせ、無理やりその場所を離れました。
歩いているうちに、同級生のうちの一人が「Anna,もういいから」と言いました。
 
そう言って、同級生たちはレスター・スクエアの近くの地下鉄の方へ向かって歩いて行きました。
 
筆者は先ほどの酔っ払いの日本人女性達が追いかけてこないか気になり、元居た場所へ戻りました。女性達は邪魔されたことに文句を言いながらも、夜の町へと消えていきました。
 
筆者は両親の元に戻りました。
 
父も母も何事が起きたのかという顔をして、「さっきの子達は誰?」と尋ねました。
 
「学校の同級生」短く言って、筆者は終わりにしました。
 
地下鉄の方に歩いて行ったはずの同級生たちはまだ筆者たちの目の届く範囲の場所にいます。とにかく一秒でも早く速くその場を立ち去って欲しいと言う気持ちで一杯でした。
 
後から考えると、酔っぱらい相手に丸腰で対峙した自分にも呆れます。いつ掴み合いのケンカになってもおかしくない空気感でした。相手はピンヒールという凶器になりかねない靴を履いていたのですから。武器にされるかもしれないという発想はありませんでした。
 
翌日、学校で前の晩にひどく絡まれていた金髪の同級生と図書室で居合わせました。
 
「大丈夫?元気じゃ・・・ないよね」
 
同級生はむすっとした顔でこう返事をしました。
 
「何で手を貸した?」
 
「私が日本語で話せば早く片が付くと思って」
 
同級生はふーんと言って、こちらには目も合わせてくれませんでした。
 
「俺達だけでも対処できたのに」
 
「そうだよね、ごめん」
 
「あの人たちになんて言ったの?」
 
「皆が高校生だって言ったよ」
 
ふーん、といって、同級生はまた黙り込んでしまいました。
 
「でも学校で会えてよかったよ。無事でよかった」
 
そう言って、筆者はその場所を離れました。同級生がほんの少し微笑んでくれたのが救いでした。
 
その同級生の心が無事だったのかどうかは分かりません。しかし、金髪のたった16歳の高校生に大人の女性が絡んで抱き着き、キスを迫るような真似をしてくるとは夢にも思いませんでした。なんとナイーブだったことでしょう。
 
しかし酔っ払いに絡まれている男子を助けるのはこれほど難しいものだとは思いもしませんでした。
 
彼らは自分たちでどうにか対処できると思っていたようです。実際、筆者が手助けしなくても解決できたのかもしれない。けれども仲のいい同級生が大人の女性に絡まれて困っているのを見過ごすことは筆者にはとてもではないが出来ませんでした。
 
余計な事をしたかな、と思いつつも、あの場で自分を止めることが出来たのか、それは未だに定かではありません。

数日たって、その場に居合わせた子が言いました。

「俺って、日本人から見て魅力的じゃないのかな。俺、なにもされなかったんだけど」

筆者は答えに詰まりました。

日本人女性達に絡まれて困っていると思いきや、絡まれなかったことに疑問を持っている子がいるとは、夢にも思いませんでした。

筆者は、「日本人の女性と会いたかったら、語学学校の前で待っていると良いよ。あの人たちは語学学校とかに行っているだろうから」

そう言って、筆者はその場を立ち去りました。

学校で「日本人の友達がいる」などと言って、日本人女性にお近づきになりたかったのでしょうか。確かに中高一貫の学校内で沢山いる日本人に慣れている彼らにとって、「日本人の友達がいる」と言う言葉は、見ず知らずの日本人女性に話しかけるのには最適な言葉だったのでしょう。


数日後の週末に筆者が家族と車で市内に出かけた所、同じ友達が日本人女性達に絡まれている所を見かけました。赤信号で車が止まっていたので、窓を開けて見たのですが、数日前より酷い絡まれ方をしていました。

「俺達だけでも対処できたのに」という言葉を信じて、筆者は窓を閉めました。友達はこちらに気が付いていて、手を振るなどして合図をしていましたが、赤信号も変わったので、そのまま通り過ぎました。

週が明けて学校に行った所、日本人女性に絡まれていた友達と会いました。

筆者はどうなったのか知りたくて意地悪な質問をしました。

「How were the tarts ? Did you eat them, or did you eat them up? 
娼婦のお姉さん達はどうだった?可愛がってあげたのか、それとも向こうが可愛がってくれた?」

一番絡まれていたブロンドの子は、「そんなこと言うなよ」とカンカンでした。
 
現在の令和の時代、金髪にしている日本人は珍しく無くなりました。外国人観光客や定住している外国人も増え、近ごろの日本人にとって金髪はエキゾチックではなくなっているのだろうと感じます。
 
しかし、海外で酔っぱらって地元の子供に絡む日本人の女性や男性を見るのはもう見たくはありません。
 
海外旅行も決して珍しいものではなくなり、様々な人種の人をメディアや現実の世界で見ることは普通になりつつある昨今、できれば未成年者に酔っぱらって絡む真似、しかも誘うような真似は控えて欲しいと思います。
 
「旅の恥じはかき捨て」とは言いますが、それがターゲットになった地元の子供の心にどんな傷を残すことか。できれば大人の人は大人の人との出会いを大切にしていただきたい。大人からのセクハラは子供に傷を残すだけだと。
 
日本国外にいる東洋人ではない人たちは、場合によっては大人っぽく見える場合もあります。筆者の同級生も、ン見本人の目からすると16歳には見えなかったかもしれません。
 
しかし、年齢を確かめなければ、下手すれば未成年に下種な事をやってしまう場合も多々あることでしょう。いくら酔っぱらっていたとはいえ、それは全うな理由にはならないと思います。
「こんなこと80年代に限った事じゃないよ、何時の時代にもある」「取り立てて騒ぐような事じゃない、何も昔の事に限らない」という意見もあれば、「今の時代にこんな醜い事は起きない。昔を揺り起こさないで欲しい」という意見があるのももちろんで、上記は一般化してはならないケースかもしれません。
 
ただ、ふと夜の繁華街の喧騒を見ると思い起こす一場面。

そんな事を考えるエピソードでした。
 

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