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細田守よ、七番目の椅子に座れ。

思い出はいつもキレイだけど それだけじゃお腹が空くわって歌詞、考えてみたらなかなか意味分からないよねと、プチキャラットですにゅ。やめてさしあげろと、ゴリスナー・オルタだぜ。

世間ではシン・エヴァの国内興収が100億円を突破し、庵野秀明監督は邦画監督としては史上6人目の100億ディレクターになったそうです。すごいね。あと南極物語ってそんな売れてたんだ。
まあそれはそれとして『竜とそばかすの姫』を観に行ってきました。メガホンを執ってるのは細田守監督。日本での知名度でいったら既に100億ディレクターとして名を馳せる宮崎駿や新海誠なんかと並んでも引けを取らないほどの有名人ですね。外崎春雄って、誰?
細田守といえば時かけやらサマウォやら、小学生の頃周りのポケモンブームに逆張りして甲斐甲斐しいデジモンの布教活動に勤しんでいたアラサージジイならぼくらのウォーゲームなんかも思い出深い作品でしょうか。
正直最近の細田作品は自分の中では空振りが続いてて、未来のミライに至っては劇場にすら足を運ばなかった始末。今となってはすっかり映画館ではなく金曜9時のお茶の間で見るタイプの映画監督な印象がついていましたが、今回はタイミングとモチベに恵まれて映画館に足を運ぶことができたので観てみることに。

この予告映像なんですけど特に痺れましたね~~~。何といっても竜そば本編の映像がほとんどないんですね。こういう過去作の名シーンを繋げた広告を打つ意図というのは二つあって、一つは一度離れてしまった過去ファンの再獲得、もう一つは単純に本編の使える映像が足りない場合の間に合わせ。
僕もかつてアニメ業界の端くれで働いていた身としてアニメ映画の製作には何本か携わらせてもらった事があるんですけど、予告編というのは文字通り予告をするための映像なので、そこで使用する40~50程度のカットは本来の完パケよりも前に納品しなくてはいけないんですね、半年とか。
それでその予告カットをどうチョイスするのかというと、もちろんどうしても欲しいカットなんかは優先を掛けてクリエイターさんに作業してもらうんですが、大体の場合は「先行納品のタイミングですでに完成しているカット」から選んでいくんですね。
つまり公開半年前とかのタイミングで既に出来上がっているカットを編集で上手く繋いで予告にするんですが、この予告で使われている竜そば本編の映像はなんと13カット。アニメ映画の総カット数がだいたい900カット~1200カットと言われているので、その中の13カットしかまともに出来ていない事がどれだけヤバいかというと、夏休み残り一週間というところで宿題が漢字の書き取り一ページしか終わってない時くらいヤバいです。夏休みの宿題なんてブッチして先生にしこたま怒られた後二学期に入ってもダラダラとやり続ければいつかは終わりますが、映画の公開日はそうはいきませんので、よりヤバいですね。
まあ離れてしまった過去のファンを再獲得するという意図でこの広告を打っていたとしても、本編の映像で勝負しないのは逆説的に本編の面白さがイマイチなんだという感が否めないので、どちらにしても竜そば本編への期待値というのはこのへんで怪しいものになってきます。

しかし、だからこそ見たいというのが人間の性。危ないものには手を出したいし、見るなと言われたら見たくなる。周りがポケモンにハマっていたらデジモンに逆張りしたくなるのが人間です。なぜなら僕はウォーゲームが好きだから。
俺たちが真に愛しているのは美術館の額縁の中に飾られた上品な美しさではなく、汚い排気ガスにまみれた都会のアスファルトを裂いて咲く花の美しさ。名作の中に名シーンがあるのは当たり前。俺が欲しいのはクソ映画の中にキラリと光る鋭い切れ味を持った名シーンなワケ。分かる?

そんな感じで近年の細田作品の空振りなんかと併せて、半分駄作である事を期待して観に行った『竜とそばかすの姫』なんですが、いい意味で期待を裏切られた部分と、悪い意味で期待通りだった部分が7:3くらいで、総合的に見れば期待していたよりも大分面白かったです。
まだネットの感想なんかは見ていませんが、こういう賛否の分かれそうな映画ほど君のタイムラインが他人の評価や感想で染められる前に観た方がいいという事だけは確かです。昨今のネット社会の弊害ですね。このnoteもインターネットの評価に揉まれて変形する前の「僕だけの感想」というものを何かの形で残しておきたかったので書いています。

まず悪い意味で期待通りだった部分ですが、あらすじや予告で大体察していた通り劣化版サマーウォーズ感というのはどうしても否めませんでしたね。仮想現実というデジタルで未来的な舞台を用意して、それと対比するように田舎だったり家族だったりといったアナログなコミュニティの良さみたいなものも描くというのは、サマウォ竜そばも共通する部分かなと思います。特に竜そばに関しては、サマウォで描かれた田舎の大家族と違って、幼馴染やクラスの友達、合唱会のおばちゃんといった、主人公の鈴という存在を通してのみ繋がれた希薄で弱いコミュニティが一丸となって竜の兄弟を助けようとするシーンは古き良き日本の困ったときはお互い様よウフフみたいな赤の他人同士の助け合い精神を描いているように見えなくもない。通報だけじゃなくて大人も同行してやれよとは思わなくもなかったけど。
他にもお母さんの死についてとか、細かいところでやや無理やりな展開の持っていき方や雑な描写みたいなものもあったので、ストーリーの完成度という面に関してはサマーウォーズを超えるものではなかったかなと思います。
ただサマウォ竜そばが描こうとしているものって似ているようで逆だと思っていて、サマーウォーズがインターネットでおきる様々な問題をおばあちゃんを中心とした田舎の大家族の絆が解決していくっていうインターネットのネガティブな部分を前面に出していたのに対して、竜そばでは逆にインターネットがあったからこそ主人公の鈴は過去の自分を振り切って歌うことが出来たし、インターネットがあったからこそ物理的な距離を越えて竜の兄弟を見つけ出すことが出来たり、そういうインターネットに肯定的な描写がかなり見られたので、昔の「ネットはネット、リアルはリアル」という古のインターネットリテラシーに別れを告げ、これからの「SNSとともに生きて行く」というメッセージが一番大事なとこだったのかなと思います。最後に鈴がネットに素顔を晒したのってそういう古いネットリテラシーに囚われたオタクに対する細田守からの啓蒙だった?うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ってやかましいわ!w←(殴

次に期待に反して良かった部分ですが、これは言うまでもなく音楽でしょう。よく真っ先に音楽を褒められる映画は駄作だなんて言われますが全くその通りだと思います。映画で音楽から褒めるというのは女性が特に褒めどころのないキモオタ男子に対して「え~〇〇くんって優しそうだしその内絶対良い人見つかるって!(なおそれは自分ではない)」という言葉を放つくらい残酷で無責任なことだということを理解してください。
そんな音楽ですが竜そばの音楽はマジでいいです。あとライブシーンの映像美も。これは別に他に褒めどころがないので渋々音楽が良かったなどと言っているのではなく、この作品の全ての表現の中でここだけがぶっちぎっているので真っ先にこれを挙げざるを得ないので言っています。これだけでも映画館に観に行く価値があるよ!というインターネットにあふれる無責任なオタクの言葉は信用してはいけませんが、正直マジでこれだけでも映画館に観に行く価値があるとおもいます、はい。

とにかく主人公の鈴役を務めている中村佳穂さんの表現力が限界突破していますね。作曲中の鼻歌をここまでしっかり「その場で思いつきながら歌っている感」を出して歌える人間を初めて見ました。その他にも初めてインターネットの世界で歌を披露する時の主人公の不安感だったり、ラストの素顔を晒して歌うシーンの胸が張り裂けそうな主人公の思いが観ている人間に伝わってきて、「歌で演技する」ということの完成系を見た気がします。普段の喋りの演技は本職の声優さんに比べるとだいぶ見劣りしてしまいますが、ミュージシャンの人が声優を務めていて正解した数少ないパターンですね。

さて音楽以外に褒めどころがないと真の駄作になってしまうので他の良かった点ですが、それは画面の構成かなと思います。
先ほどストーリーの展開に関しては多少無茶な部分や雑な作りがあることは指摘したと思いますが、反面演出や画面構成による映像での伏線回収の仕方はかなり丁寧に作られています。
特にお気に入りなのはラストの鈴が虐待親から竜の兄弟を守るシーンですね。竜は背中に痣があって弟をかばって守ることで傷ついてきたという描写は本編中で嫌というほどされてきたと思いますが、ラストの鈴は虐待親に立ち向かう形で正面切って向かい合うんですよね。それで顔というか身体の前側に傷がつくんですけど、この二つの対比の美しさと、鈴がもはや守られるだけの存在ではないという作品内で成長を果たしている二つの伏線が回収されている最高のワンシーンに仕上がっているので、二回目に観に行く人はこの辺なんかも注目してみると良いんじゃないかな。まあラストもラストのシーンなんで注目しないで観る人はいないと思いますが。

あと細かいところですがライブシーンに関して冒頭のライブシーンとラストの鈴の素顔からベルのASが復活してからの辺りで同じ内容のカット(クジラに乗って歌うところ)を逆ポジで使っていたのが印象的でしたね。
鈴にとって歌というのは死んだお母さんとの思い出という側面があるので、そのお母さんの死という過去に囚われている内に歌っていた冒頭のライブシーンではベルを右向き(過去向き)で撮るカメラアングル、母の死という過去を振り切って自らも母と同じように見ず知らずの人を助けようと歌ったラストのライブシーンではベルを左向き(未来向き)で撮るカメラアングルをそれぞれ用いていて、カメラワーク一つ取ってもそういう部分で結構丁寧な作りが他にもたくさんされていたので、ストーリーの雑さも多少は多めに見れるくらい音楽と映像は文句ない出来栄えでした。


正直に言うとこの映画で細田守監督が7番目の椅子に座れるかというとそうは思わないんですが、この映画が近年の細田作品の中でかなり面白かったというのだけは確かです。最近ではアニメ映画バブルと言われて100億行った行かないみたいな作品がポンポン出てきていますが、、、、、、、、、、、ん?「ポンポ」ン……?
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおポンポさんが来ったぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
これこそ100億行くべき映画だろ!!!ネットの評価だけ見て作品を知った気になってる気取った節穴オタク共!!!ファスト映画がどうだの倍速履修がどうだのと喚きたてているが「観ないで作品を語る」ことはそれら二つよりも愚かで恥ずべき行為だと知れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!分かったら今すぐ2000円を握りしめて映画館に行け!!!そしてポンポさん見ろ!!!行くぞ!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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