読書ノート:清原達郎著『わが投資術』(KODANSHA刊)
清原氏とは何者か
清原氏はタワー投資顧問のファンドマネージャーで、旗艦ファンドK1ファンドを運用して25年、2023年に引退したときには800億円の私財を蓄えるに至った。
もちろん私財構築はK1ファンドへの投資によるところが大きい。ファンドマネジャーは自己資金を自ら投資することで顧客の信用を勝ち得ることができるという哲学がこの成果を支えたと言える。
筆者の経験
私事にわたるが筆者は以前、企業年金基金の理事長を務めていたことがあった。2000年頃の話だ。その基金は設立して間もなかったが、バブル崩壊後もあって運用難が続き、毎年企業から運用不足を補ってもらう状況にあった。このときにK1ファンドに出会い、清原氏の運用術に魅力を感じてかなりの額をK1ファンドに注ぎ込んだ。
その頃はヘッジファンドに資金運用を任せる年金基金はほとんど存在せず、当該基金の運用主幹事であった信託銀行の担当者からは難色を示されたが、それを無視して運用を任せた。信託銀行の担当者には強気の姿勢で接したが、内心はヒヤヒヤだった。
筆者に天運がついてきたのか、その後K1ファンドはニトリへのロング投資が結実し、かなりの運用益を獲得することができた。ちょうどそのとき筆者は理事長を退任することになり、それをしおにK1ファンドを解約し、後任の理事長は極めて無難な投資方針へと回帰した。
結果として基金はかなりの余剰資金を得ることになり、その後成り行き的な運用をしてもびくともしない財務基盤を築くことができた。
K1ファンドとは
清原氏のK1ファンドは、中小型株をロングで運用して、大型株をショートで運用するヘッジファンドの部類に入る。しかしその運用の妙は中小割安株をロングで運用して思い切り利益を獲得するということにある。
清原氏によれば中小型株には次のような魅力があるという。
l 儲けやすく、一番儲かる
l 独自のリサーチがしやすい
l 機関投資家の投資対象ではない
l アナリストがカバーしていない、したがって推奨もしない
清原氏はこのように魅力的な中小型株の運用の極意を、この著作で手の内を洗いざらい出してくれている。個人投資家ならば清原氏の中小割安株をロングで運用する手法をマスターすることで確実に利益を得ることが可能になるはずだ。
数値による中小型割安株の見極め方
割安か否かの見極めで大事な指標はPERだ。しかし単なるPERだけでは見極めは困難だ。資産や負債の実態を勘案しないと判断は容易ではない。
そこで頼りの綱として登場するのが、清原氏が編み出したネットキャッシュ比率だ。ネットキャッシュとは、
ネットキャッシュ=流動資産-棚卸資産+投資有価証券X70%-負債
つまりすぐに換金できる資産から負債を差っ引いた金額ということだ。ここで投資有価証券について70%を乗じているのは売却時の税負担を考慮しているからだ。
次にネットキャッシュを時価総額で割った比率がネットキャッシュ比率ということになる。
ネットキャッシュ比率=(流動資産-棚卸資産+投資有価証券X70%-負債)時価総額
このネットキャッシュ比率が1ならば、タダでその会社を買うことができることを意味することになる。
そして少し込み入った話になるが、ネットキャッシュ全額で自社株買いをしたら、ネットキャッシュはゼロになるわけで、この時の((時価総額-ネットキャッシュ)/時価総額)の比率は時価総額がネットキャッシュをどれだけ上回っているかを表す指標になる。
さらにこの((時価総額-ネットキャッシュ)/時価総額)の比率にPERを乗じれば、財務状態を加味した上での、株価の相対的な割安指標として使えることになるわけだ。これを清原氏はキャッシュニュートラルPERと呼んで、中小型株の割安度を比較するための指標として使っている。
改めてキャッシュニュートラルPERを数式で表すと次のようになる。
キャッシュニュートラルPER=PERX(1-ネットキャッシュ比率)注1
定性的要因による割安株の見分け方
中小型株の成長性を定性的に見極めるための判断基準として、清原氏は次の諸点を挙げている。
Ø 経営者がその会社を成長させる強い意志を持っているか
Ø 社長と目標を共有する優秀な部下がいるか
Ø 同じ業界の同業に押し潰されないか
Ø 会社のコアコンピタンスは成長とともに拡大するか
Ø 成長によって将来のマーケットを先食いし、潜在的マーケットを縮小していないか
Ø 経営者の言動が一致しているか
これらの要点のうち、部下の優秀さとか、経営者の言動の一致などは外部情報で判断することは困難だ。清原氏は対象企業を訪問して社長や他の経営者にインタビューを繰り返すことで判断している。
個人投資家にはこれだけは真似できないが、他の要点は外部に開示された資料を読み解くことで判断が可能になる。
いざ中小型割安株の投資に向かおう
清原氏に依れば、「今の日本の長期金利を前提にすると、PERが10以下の株は総じて信じられないくらい割安。長期金利(10年国債の利回り)が3%まで上昇してもまだ割安」なのだ。
騙されたと思って割安中小型株の投資に余裕資金を振り向けてはいかがでしょうか。下手な副業をして神経をすり減らすよりは愉しい上に儲かるとあっては、一石二鳥ではないだろうか。
注1
キャッシュニュートラルPER
=PERX(1-ネットキャッシュ比率)
=(時価総額/純利益)x(1-ネットキャッシュ/時価総額)
=(時価総額/純利益)x(時価総額-ネットキャッシュ)/時価総額
=(時価総額-ネットキャッシュ)/純利益