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ミロンガは来てる人の感情でできている:DJプレイリストの物語

ミロンガでのDJは、自分にとって至福のひととき。プレイリストを組み立てる度に、10代の頃、CDやレコードから好きな曲を選んでマイベストを作った時の満足感やその甘酸っぱい思い出が蘇る。


1:ミロンガでのDJの選曲基準

ミロンガでのDJの選曲基準は、そこに来ている人の思いを優先する。ミロンガには実に様々な人が訪れる。常連客、久しぶりの来場者、初心者、旅行者、そして10年以上踊り続けているベテランまで。皆、期待と不安、興奮と緊張が入り混じった表情で会場に入る。その一人一人の心に寄り添えるのがDJの役割の一部だと思う。

余談
ミロンガは集客が大事。なぜならタンゴは相手がいないと踊れないダンスだからだ。DJはその一端を担えるが、ミロンガのコンセプト、オーガナイザーによって来場するミロンゲーロ、ミロンゲーラたちの期待も様々。ミロンガといってもその内容やコンセプトは皆違う。

2:ミロンガの多様性と参加者の期待

ミロンガの雰囲気は会場によって千差万別。入場料も様々だ。そのミロンガの特徴を想像しながら、自分なりのビジョンを描く。もちろん、DJによって選曲基準は異なる。それぞれにこだわりを持つ人が多く、一家言持つ者も少なくない。

私がDJとして心がけるのは、フロアとミロンガ会場全体の空気感を整えること。そして、ミロンガで過ごすお客さんの表情がどうあってほしいかを常に想像している。なぜなら、ミロンガは必ずしも優しい場所ではなく、また単純に対価を得られる場所でもないからだ。

3ミロンガの光と影-から考えるDJの役割

ミロンガでは仲間とくだらない話に興じたり、タンゴについて語り合ったり、初対面の素敵なダンサーと出会ったり、心に響く新しいタンゴ曲に出会ったりとリラックスできる場所だ。そして、曲が流れた瞬間に目が合い、阿吽の呼吸でフロアに飛び出す瞬間もある。こんなタンダが一つでもあると最高の夜であり忘れられない思い出にもなる。

しかし一方で、ミロンガは過度な競争や閉鎖的な面もある。拒絶されたり、誰からも誘われない日もある。僻み妬みしたくはないが沸々と湧いてくる時もある。そして、良い思いをしても、悔しい思いをしても、支払う料金は変わらない。ある意味、理不尽な遊びかもしれない。

私自身、ミロンガで様々な経験をした。特にブエノスアイレスでの1年間は、ミロンガ漬けの日々だった。タンゴの音楽は、喜びの時も、悲しみや悔しさの時も、より深く心に染み入る。これらの経験があるからこそ、ミロンガを主催する際は、負の側面を最小限に抑えるよう心がけている。そして、DJとして音楽を選ぶ時も、この点を重視している。

ミロンガDJを火起こしに例えると

今回、初めて訪れるミロンガでDJを務めるにあたり、最初の1時間ぐらいは特に気を配った。踊りに来たお客さんの心をどう掴むか、五感を働かせる。

ミロンガを火起こしに例えてみよう。
ミロンガDJを組み立てる過程は、暖炉に火を起こすようなものだ。まず、場の空気を読み取ることから始める。これは、暖炉の周りの環境を確認するようなもの。部屋の温度の具合、つまりミロンガの雰囲気を感じ取る。また、音質もチェックする。昔の音楽は現代の調整された音楽と違い、アナログであり、現代の機械を通しての音は時に雑音が多く聞きづらいこともある。特に人がいない最初は音が人に吸収されずに反響するので冷たく感じる。その辺りをじっくり調整する。音質は空気孔をつくり、いつでも火を調整できるようなかんじだ。

そして、最初のタンダを選ぶ。暖炉に最初の薪を置くようなもの。慎重に選んだ乾いた細い枝、つまり軽やかなリズムの曲や、ミロンガに来た人たちへの挨拶やウェルカムを表して選択する。

事前にプレイリストを用意するが、実際の雰囲気に応じて臨機応変に変更することも多い。今回は、アルゼンチン人のスーパーダンサーが主催するミロンガということで、王道のTanturiやCastilloから始めるか、来場者の年齢層によってはDe Angelisも良いかもしれないと考えたが、最終的には、Malerbaの軽やかなリズムで幕を開けることにした。

火が少しずつ大きくなるように、徐々にテンポや感情をちょっとずつ変化させていく。Di SarliやTroiloの曲を重ねていくのは、中くらいの太さの薪を追加するようなもの。ワルツとミロンガはちょっとした変化を起こさせることができる。今までの空気を一変させることもできる。

そして、ダンサーたちの動きが活発になってきたら、太い薪、つまり一番感情が動きそうな曲を投入する。これで炎は木の深部まで通り、高く燃え上がる。
コルティーナは、薪と薪の間に入れる小枝のよう。炎を絶やさず、次の大きな薪を受け入れる準備をする。

夜が深まるにつれ、炎の強さを調整するように、曲調やテンポを微妙に変化させる。抑揚を抑えながら変化させる。大きな変化は感情の振り幅も大きくなり、あまりおすすめしない。強い味の後に薄い味はわからない。なので刺激を強くしすぎることはその後の組み立てを難しくする。

最後は、余韻と名残惜しさを起こさせる「あぁ、最後なんだ」という感情。そして燃え尽きる直前の炭火のような温かさを残す。

そして、最後の曲が終わる頃には、暖炉の火が残火となり、ミロンガが幕を閉じる。しかし、その温もりは参加者の心に長く残り続けるだろう。
一夜の間に、音楽という薪で心の炎を燃やし続け、最後には心地よい余韻を残す。それは単なる音楽の再生ではなく、感情の火を扱うことなる。

今回のDJ 

さて、DJをしているときは集中よりもリラックスして楽しむことを心がけ、ちょっとした変化や踊りたいのかそれともつまらなそうにしているのかを気に掛ける。

コルティーナ(曲と曲の間に流す短い音楽)は、最近のものやラテン、そして先日亡くなったセルジオ・メンデスなど、ちょっとポップな感じにしたところ、とても好評だった。

そして今回のミロンガでのハイライトは、Puglieseのタンダでミロンガオーナーでもある Diego&Aldanaの二人が踊ったシーンだ。これは来場者やDJにとっても特別な瞬間となった。

このように、一夜のミロンガを通して、様々な楽団や歌手、リズムを織り交ぜながら、ミロンガにいる全員が心地よい空間を創り上げていく。それこそが、タンゴDJの醍醐味であり、また責任でもある。

Abrazo
GYU

覚書 [昨夜のプレイリスト]

1:Malerba - cantas
2: Di Sarli 40  inst
3:Troilo - Marino
4:Láurenz  - vals-
5:Fresedo - Ruiz
6:Caló - Berón 
7:Milonga  à la carte
8:Demare 
9:Federico - cantas
10:Lomuto  -vals-
11:Pugliese 50
12:Canaro - Maida
13:D'Arienzo -Milonga-
14:Di Sarli  50 cantas
15:Tanturi  - Campos
16:Canaro  -vals-
17:Francini-Pontier - cantas
18:D'Arienzo 40 inst
19:Color Tango
20:D'Arienzo 60

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