仏教の前提知識②(仏教の地理的広がり)
はじめに
この記事は、仏教の前提知識①の記事の続きです。読んでない方は、そちらの方を読んでから、この記事を読むことをおすすめします。
前回の記事に書いたように、仏教の発祥地であるインドにおける歴史的発展は、原始仏教→部派仏教→大乗仏教→密教ということでした。そうした歴史を経て、現在では、各地に伝播していった仏教がそれぞれの地域で息づいています。
現在の世界の宗教人口は以下のようになります。
上の表を見ると、2023年7月時点で仏教の宗教人口は世界第4位であり、5億5870万8000人(世界人口の割合で6.9%)がいます。ちなみに第3位のヒンドゥー教に仏教は、宗教人口で負けていますが、ヒンドゥー教はインドの民族宗教なのでインド文化圏にしか広まっていません。
現在では、仏教は世界中に伝わっていますが、仏教の歴史的な発展として原始仏教・部派仏教・大乗仏教・密教といった違いがある中で、どのように世界に伝播していったのでしょうか。これから見ていきましょう。
仏教の地理的広がり
現在も存続している仏教の系統は、大きく分けて以下の3つとなります。
部派仏教の一部派の系統を受け継いだ南方上座仏教(パーリ語で伝承)
大乗仏教の系統を継いだ東アジア系の仏教(漢訳語で伝承)
密教の中でも特に後期にあたる後期密教の系統を継いだチベット仏教(チベット語で伝承)
ここで、パーリ語・漢訳語・チベット語は、それぞれの仏教の系統で受け継げられた言語なのですが、詳しくは次回の記事で解説します。
ちなみに、今の日本に伝わっているのは、②で大乗仏教がメインとなります。
また仏教の伝播は、発祥地インドから見て南か北かのルートで大きく分けることができます。つまり、①が南伝仏教。②③が北伝仏教とも言われます。
ただし、②の系統である大乗仏教などは、インドから見て南である東南アジアの島しょ部にも伝播したため(今では衰退しています)、内容と伝播ルートが必ずしも地理的に一致するわけではありません。
そして、①②③の系統は奇しくも、インドで発展変化した仏教のそれぞれの時代ごとの特徴を引き継いでいます。
つまり、①は部派仏教の時代のもの、②は大乗仏教の時代のもの(+中期密教まで)、③は密教(後期密教)の時代のものをです。
それでは、それぞれの系統について詳しく見ていきましょう。
①南方上座仏教の系統
まず部派仏教の時代において、保守派であった上座部仏教の系統が、紀元前3世紀頃にスリランカへ伝わりました。そしてスリランカからミャンマー・タイ・カンボジア・ラオスなど東南アジアに広く伝わったのが①の系統です。現在、原始仏教の系統を直接継いでいる唯一の仏教の系統でもあります。
パーリ語では、①の系統の仏教を「テーラワーダ(Theravada)」と自称しており、そのため「テーラワーダ仏教」と呼ばれます。「テーラワーダ」の意味としては「長老(上座)の説」です。ゴータマ=ブッダから現在まで仏教の長老たちによって教えを忠実に守りながら継承して、連綿と続けてきたという自負を感じる名前となっています。
日本語では「南方上座仏教」とも言います(単に上座仏教とも言います)。ちなみに大乗仏教側が主張した「小乗仏教」の呼称は蔑称になるので、今では使われていません。
ここで、日本では「上座仏教」とも呼ばれていると書きましたが、ややこしいことに仏教研究者によってはこの系統を「上座仏教」ではなく「上座部仏教」とも呼んだりするため、呼び方は統一されていません。私の記事では、現在の①の系統のことを「上座仏教」で統一することにします。
現在の①の系統の仏教人口は、「WORLD POPULATION REVIEW」(2020年のデータ)によると以下のようになります。
このように①の系統は仏教人口の割合がいずれも過半数を超えてかなり高く、実際に現地の人々も上座仏教をよく信仰しています。
事実、タイ・カンボジアでは国教と定められ、スリランカやミャンマーでは仏教に「第一の地位」や「特別の名誉が与えられた宗教」とされています。またラオスは19世紀末にフランスに植民地支配されるまでは国教であり、1975年に王政が廃止されるまで国王の保護の下に繁栄していました。
また歴史の中で、タイを除いた国々が植民地化してしまった際には、例えば植民地支配によって仏教の衰退してしまったスリランカへ、タイやミャンマーから仏教の逆輸入がなされたりしています。このように相互交流による発展も続けられており、まさしく国を超えた、一つの仏教文化圏としても機能しています。これらの国々は、様々な仏教文化が日常に浸透しており、まさに仏教国家・仏教文化圏であると言えるでしょう。
②大乗仏教の系統(東アジア系の仏教)
②の東アジア系の仏教は大乗仏教の系統で、インドから北のヒマラヤ山脈を西側に迂回して、ガンダーラ地方(現在のパキスタンあたり)から中央アジア(シルクロード)を通り、中国に伝わりました。そして中国から朝鮮半島・日本などの東アジアに広く伝わりました。
中国には紀元前後頃に初めて仏教が伝播し、部派仏教までの内容も伝わりましたが、次第に大乗仏教が主流となりました。ちなみに日本には朝鮮(百済)から6世紀頃に公的に伝わっています。
現在の②の系統の仏教人口は、「WORLD POPULATION REVIEW」(2020年のデータ)によると以下のようになります。
ただし注意としては、上の表の中国は、③の系統のチベットのものも含まれているため、②の系統はその分だけ少ないです(チベットは現在中国のチベット自治区にあるためです)。
中国・朝鮮・日本などそれぞれの国の仏教の最盛期などに比べると、現代において仏教人口の割合は少なくなったと言えるでしょう。かつては仏教の信仰に篤かった国も多く、また近代の日本仏教は当時すでに中国・朝鮮などで仏教が衰微している現状を知ったため、②の系統(大乗仏教)の代表である自覚と存在感を持っていました。しかし残念ながら、今では日本も含めて、かつてと比べて求心力を失っているのが現状です。そのため、①の系統の国々のように仏教国家と言えるほどの国はありません。
ですが、例えば日本でも、長い歴史の中で浸透していった様々な仏教文化(花祭り・お盆・施餓鬼など)や仏教的な考え方(自業自得など)が今も人々に深く根付いているのは間違いなく、そうした影響力は計り知れないと言えるでしょう。
③チベット仏教の系統
③は7世紀頃にチベットに伝わって、その後モンゴルやブータンなどにも広まった、密教の中でも後期密教の系統です。
後期密教では、密教の中でも血・骨・皮などのそれまでインドで不浄とされていた要素や、仏教でも原始仏教時代からずっと忌避されていた性行為の要素も重要視しています。例えば、性行為を瞑想に取り入れたりしたもの(性的ヨーガとも言います)などがあります。
このように書くと、ものすごく怪しげなものに感じるかもしれません。実際、こうした要素は宗教的な堕落も招きやすいものでした。ですが、現在のチベット仏教の最大勢力であるゲルク派はそうしたことを払拭するために、「部派仏教の戒律(生活規則)→大乗仏教の空思想などの仏教教理→密教」という順番で、インド仏教の発展の通りに学ぶような修行道を基本としました。
特に厳しく戒律(生活規則)を守ったため、秩序だった修行生活を生み出すことに成功しました。その結果として、多くの人々の支持を得て、現在に至っています。
現在の②の系統の仏教人口は、「WORLD POPULATION REVIEW」(2020年のデータ)によると以下のようになります
チベットの仏教人口や割合は、筆者が調べても、よく分かりませんでした。ですが、チベットの大多数の人が、チベット仏教を信仰しているのは間違いないでしょう。
またチベットでの正確な人数は分からないですが、中国国内には、チベット仏教の信者数は600 万人から 800 万人いるようです(リンクのp.3のデータ引用)。
チベットの人々はとても敬虔で、仏教が日常生活の隅々にまで浸透しており、仏教を真摯に信じて生きています(例えば、仏教において最も丁寧な礼拝方法である五体投地や敬礼法の一つである右繞などが定着しています)。またブータンでは、チベット仏教が国教となっています。③の系統の国々も概ね、①の系統と同じく仏教の信仰心が高い仏教国家と言えるでしょう。
ただし、チベットは中国共産党に監視されており、ゲルク派の長であったダライ=ラマ14世はインドに亡命しています。
現在の広がり
「はじめに」で書いたように、2023年7月時点で仏教の宗教人口は、5億5870万8000人(世界人口の割合が6.9%)ほどあります。
少し古いデータ(Britannica Book of the Year 2006, Encyclopedia Britannica,Inc.)によると、そうした全仏教人口のうち①の系統が38%・②の系統が56%。③の系統が6%ほどあるようです。
現在では、上に挙げた国以外でも世界中に仏教が広まってきています。意外かもしれませんが、いま仏教が急激に広まっているのはアメリカであると言われています。
以下は、日本とアメリカで人生の約半分ずつを過ごしてきたケネス=タナカ先生の著書の第一章の冒頭です。
かつて、仏教はアジア(東洋)の宗教と言われましたが、今では西洋の壁を超えて、欧米にも少しずつ広まってきているのです。
次の記事は以下です。
参考文献
以上の内容は、主に大学の授業で学んだ知識をまとめ直したものです。正確さと分かりやすさを心がけて書いたつもりでしたが、分かりづらい点やおかしな点があったらコメントなどでお教えください。以下は、授業ではあまり詳しくなかった部分の補足などに参考にしました。
パーリ学仏教文化学会・上座仏教事典編集委員会編『上座仏教事典』めこん(2016年)pp.22-23(前田惠學先生が1998年にはじめて提唱された「上座仏教」という呼び方について書かれています。逆に、「上座部仏教」という呼び方をしている例としては、森祖道先生が『新アジア仏教史04 スリランカ・東南アジア 静と動の仏教』佼成出版社(2011年)pp.64-67のコラムにてしています)
ケネス=タナカ『目覚めるアメリカ仏教』武蔵野大学出版会(2022年)
日本テーラワーダ仏教協会「テーラワーダ仏教とは」https://j-theravada.com/dhamma/kougi/kougi-010/(2024/08/04最終閲覧)