「暗転する地下鉄」・・・怪談。体験談。
知り合いから「こんな話があります」と送って頂いた
体験談を元に、新しく怪談として仕上げたもの。第二弾です。
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『暗転する地下鉄』
「私、地下鉄が嫌いなんですよね」
Sさんは、少し照れくさそうに話し始めました。
「昔、東京の営団地下鉄銀座線は、ホームに入る直前に照明が
一瞬消えたの、覚えてます?」
営団地下鉄、今の東京メトロの銀座線の電車は、運行用の電力を
線路に沿って設置されている第三軌条から得ていました。
そのため、駅付近のポイントを通過する時に、第三軌条のつなぎ目で
一時的に停電状態となるのです。(1993年まで。現在は改良された車両が運行中)
「一瞬、室内灯が消えて、小さな予備灯だけが灯るんですけど、
その闇の中に人間がいるんです」
Sさんの声は少し震えているようでした。
「私が子供の頃なんですけど、
初めて地下鉄に乗った嬉しさで、車両の一番後ろ、連結部に近い座席に座って、揺れるつり革や真っ暗な窓の外を物珍しそうに眺めていました。
横に座っている父親が「はしゃぎすぎるなよ」と注意しても
『うん』と上の空で返事する程、私は興奮していたのです。
そして、ある駅に近づいた時、当然のように灯りが消えたのです。
突然の事で、はっとしましたが、父が『銀座線は時々こうなるんだ』
と穏やかに答えたので、珍しい事ではないんだと安心したのを覚えています。
大丈夫だと思うと、今度はこの暗転が楽しくなってきて、
天井灯が消えるたびにワクワクしてのでした。
ところが、何回目かの暗転の時、
車両の一番遠いところ、自分の座っているのとは反対側の連結部に近いドアの近くに、16歳くらいの女性が立っているのに気が付きました。
紺の袴に、絣の着物。結上げた髪を臙脂のリポンで結んでいます。
私があれっと思ったのは、その服装だけではありませんでした。
明るくなると、女性がいなくなっていたのです。
駅に着く前ですから、車両から降りた筈はありません。
気のせいかな、と思っていると、又電車の灯りが消えました。
同じ場所に女性が居るのです。
紺の袴に、絣の着物。大正時代の女学生のような恰好で
ドアの前に立ち、窓外を見つめています。
『あっ』
と思わず声が出ましたが、次の瞬間には消えてしまうので、
父に説明することも出来ず、女学生が消えた場所をじっと見つめました。
そして又、電車の灯りが消えました。
やっぱり居ます。
紺袴の女学生。
しかも、明らかにこちらを見つめているのです。
私は怖くなって、両手を握りしめました。
さらに地下鉄は走り続け、再び灯りが消えた時、
同じようにあの女学生は現れました。
ただ、前よりも少し、1m程こちらに近づいているようなのです。
次に消えた時には、さらに1m近づいています。
暗転するたび、確かに女学生はこちらに近づいてくるのです。
私は怖くて目を閉じてしまいました。
カーブに差し掛かり、レールがきしむ音が聞こえます。
目を閉じていても灯りが消えた気配が分かりました。
そして幾度目かの暗転を目を閉じてやり過ごした瞬間でした。
私の顔に、ほのかな白粉の香りがして、長い髪が触れた感触がしました。
『うわあ!』と声を上げた瞬間、父が私の手を引いて立ち上がったのです。
『ほら、着いたから。降りるぞ!』
私は明るくなった車両を振り返る事も出来ず、
父に引っ張られるまま、駅を出ていきました。
実は、父の実家は、群馬の館林にありました。
祖母の妹が住んでいる踊りの稽古場の家は浅草でした。
東武線の始発の浅草駅で乗り換え、否応なく乗るのが銀座線でした。
その為、怖がりな私は、乗りたくないとダダをこねては父を困らせました。
時が経ち、銀座線も新車両に変わり、車両内の灯りが消えることは無くなりました」
最後にSさんは、こう付け加えました。
「でも、私はあの紺袴姿で黒髪にリボンを付けた女学生の姿を忘れられません。
なぜかって? 今でも銀座線に乗って目を閉じると、
目の前の闇の中にその姿が現れ、鼻筋の通った顔の無表情な一重瞼の目が、
じっとこちらを見詰めるのですから」
おわり
体験談をお送り頂き、ありがとうございます。
*怪談として一部加筆しています。