「流行の予言者」・・・ブームを断言する理由とは。
『流行の予言者』
「おはぎ食べないんなら、お姉ちゃんが貰っちゃうわよ」
奥井紗良(おくいさら)は、目の前のおやつも忘れて
TVのファッションコーナーを熱心に見つめている妹に声をかけた。
「やだ。食べるよ。食べるけど・・・お姉ちゃん。
ファッション評論家ってすごいね」
「え?」
「だってさ。今年は何色が流行りですから、とか言って
これから流行る色をビシッと当てちゃうじゃない。
すごい予言者か、占い師なんだよね、きっと」
紗良は微笑みながら妹の隣に座り、その華奢な肩を抱いた。
「おお。幼き妹よ。おぬしはなんと可愛くて純粋なのであろうか」
「ふざけないでよ。あたしもう高校生なんだから!」
乃蒼は姉の手を振りほどいてTVを指差した。
「でもね。あの人、去年は赤が流行るって言って、本当に町中のブティックは赤い色ばかりだったし、一昨年も黄色が流行るって言ってたから・・・そうだ、お姉ちゃんもあの時、レモン色のワンピース買ったじゃない」
「そうね、確かに買ったわね。でもあれは同期の結婚式に着ていく服だったから、別に流行ってるから買ったわけじゃないわよ。たまたまイエロートーンの服が目に付いただけだから」
「でも目につくほど多かったんでしょ。やっぱりファッション評論家って
予言者なんだよ」
「そうねぇ・・・」
紗良は再びTVを見つめ始めた妹の横顔を見ながら、ふ~とため息をついた。
そして妹の顔を両手で挟み、グイっと力任せに自分の方を向かせた。
「良いですか? 可愛い妹よ。世の中にはそんなに超能力者は
溢れていないのよ。あれにはタネがあるの」
「タネ? マジックなの?」
「う~ん。ちょっと違うかな。
今からクイズを出すから、答えてね」
「え~。私クイズ嫌い」
「いいから。第一問。服は何でできてるでしょうか?」
「え~? 糸?」
「その糸の材料は?」
「う~ん。コットン(綿)とかシルク(絹)とか、合成繊維。
家庭科でやった」
「はいよくできました。では第二問。
その繊維に色を付け、つまり糸を染める染料は何でできているでしょう?」
「あ。それは化学でやった。赤なら紅花とか茜とか。
青ならラピスラズリとかの鉱物が多いんだよね」
「そう。世界中にその色の染料をもたらすには
大量の植物や鉱物を手に入れなければなりません。
どうしますか?」
「え~と。待ってよ。植物ならたくさんの種を撒いて花を育てる。
鉱物なら、たくさん掘り出してくる」
「そう。そういう事よ」
乃蒼は、話を切り上げようとする紗良の腕を捕まえた。
「何がそういう事よ。さっぱりわかんないじゃない」
乃蒼は少しあきれて話をつづけた。
「もうわかんない子ね。花を育てるのも、鉱物を掘り出すのも時間かかるでしょ。2021年に使われる赤い染料は、
2018から19年に種をまいた花が実を付けて染料になるの。
たくさん作らないと、たくさん染められないでしょ。
だから2017年くらいには、2021年にはこの色を流行りにしよう。と決めてその色の種を撒いたり、鉱物をたくさん掘るようにするのよ」
「え~。そんなに早く決まってるの?」
「当たり前でしょ。行き当たりばったりで流行されちゃ、作った染料が世界中で無駄になっちゃうじゃない」
乃蒼は驚きを隠せなかった。
「じゃあ。ファッション評論家が毎年、今年の流行りは、
って言うのは・・・」
「決まったことを言ってるだけ。
それだけじゃないわよ。そうやって評論家が煽ってくれるから
メーカーも安心して同じ色を多く作れるし、
ブティックも安心して多く仕入れられる。
こうして、流行は生まれていくのでした」
「ショック。でも売れなかったどうするの?」
「もし服がたいして売れなくても
お店にはその色の服が並んでいるんだから、
評論家が嘘をついた事にはならないし、
あんたみたいに、姉が流行りの色の服を買ったなんて
早合点する人もいるから、ますますファッション評論家の
言葉を信じようとする人が増える」
「そうなんだ」
「まあ。よく観察すれば、私の本当の心も分かるってことよ。
ねえ。今の私の気持ちは、何色か分かる?」
紗良はぐぐっと顔を近づけた。
「え~。何だろう。鼻高々でピンク?」
「残念。亜麻色よ」
と言うなり紗良は、たった一つ残っていた乃蒼のおはぎを摘まんで
自分の口に放り込んだ。
「ひど~い! それゆっくり食べようと残して置いたのに!」
「考えが甘いよ。あまいよ~あまいろ~。亜麻色!」
「そんなダジャレで誤魔化されないからね。返しなさいよ~」
この後、おはぎを巡る攻防は、夕食前まで続き、
おかずの取り合いにまで発展したという。
おわり
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