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「回り続けたレコード」・・・体験談。
「こんな話があります」と不思議な体験談を送って頂きました。
これは、友人のお母様が実際に体験した出来事を元に
新しく怪談として仕上げたものです。
お送り頂き、ありがとうございます。*怪談として一部加筆しています。
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『回り続けたレコード』
昭和のはじめ頃、私が小学5年生の時のお話です。
私は蒲田にある実家に、両親と女学生の姉さんとの四人で
暮らしていました。
父は、逓信省の技官で、面倒見が良く、部下を連れて帰っては、
ご飯を食べさせ、趣味のレコードをよく聴かせていました。
その中に、ノンタクト指揮者のストコフスキーが好きな
Aさんという技官がいたのです。
Aさんは心臓に持病があり、兵役検査では乙種でしたが、
父は『当面兵隊に採られる心配がないから助かる』と言っていました。
実際、Aさんは飲み込みが早く、痒いところに手が届く手際の良さもあって、将来を嘱望されていたそうです。
私は時折訪れる色白のお兄さんに、恋心とはいかないまでも
ほのかな憧れを抱き、女学生の姉と共に、Aさんが来るのを
心待ちにしていました。
時には、家のこまかな修理を頼むなど、何かと用事を作っては
家に呼び、家族ぐるみのお付き合いをしていたのです。
そんなある日、父から「病院に行って遅くなるから晩飯は、先に食べておくように」と電話がありました。
Aさんが心臓の発作を起こして倒れたというのです。
父が付き添って直ぐに病院に運ばれ、Aさんはそのまま入院してしまいました。
それから、数週間経った昼下り、
母と姉と三人で家にいたところに、突然Aさんが訪ねてきたのです。
「あら。Aさん。もう良いの?」
「はい! お陰様で。それで突然ですが、今日はレコード聞きにお伺いしました」
勿論私たち姉妹は、大歓迎!
二人でウキウキしながら、取って置きの紅茶を用意しました。
しばらくすると、客間からハンガリー円舞曲が聞こえてきました。
「あ。ストコフスキー指揮のあの曲ね。やっぱり大好きなのね」
Aさんがステレオの前で首を傾げながら聞き入っている姿を想像しながら
カップとティーポット、そして、角砂糖2個を添えて台所を出ようとした時の事です。
玄関の電話がけたたましい音を立てました。
姉が急いで出ると、父からのようです。
「何言ってるの? 趣味の悪い冗談を言わないでよ。
今、うちに来られてるわよ。 え? 病院から連絡が?
今、息を引き取ったって・・・」
「どうしたのお姉ちゃん」
「父さん。Aさんが亡くなったなんて酷いわよね」
「おかしなこと言うわね。今客間に居らっしゃるでしょう。
ほら、丁度レコードが終わったとこよ」
「確かめてみろ」と怒り始めた父を電話口に待たせて、
私と母はAさんを呼びに客間に行きました。
客間に入ると、Aさんの姿が見えません。
玄関から続く廊下の端にあるので、部屋を出ればすぐに分かるはずなのですが、どこにもいないのです。
演奏は終わり、針はストッパーに掛かった状態で
ターンテーブルに載ったレコードが回り続けていました。
テーブルには、たった今まで見ていたように
アルバムが開いたままの状態で置かれていたのでした。
私たちが全てを話したところ、父は
「最後にストコフスキーを聞きたかったんだろうな」と
寂し気に呟きました。
今も、このハンガリー円舞曲を聞くと、当時の事を思い出します。
おわり
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