「メリークリスマス、アンド・・・」 季節ものの、ほっこりする短編。つくばラジオで放送された作品を少し改訂しました。
「メリークリスマス、アンド・・・」 作 夢乃玉堂
クリスマスに浮かれる師走の街でただ一つ、
港を見下ろす小高い丘の蕎麦屋だけは
かろうじて静かな時間を提供している。
太い梁と、白い漆喰壁に囲まれた店内は、
聖夜の歌声も届かず、
ひそひそ話をするのに最適と言えるだろう。
「ずずっ。それで聖子さん。ずずっ。
何と言って振られたんですか?」
パーカーのフードを被ったまま
蕎麦を手繰っていた渉(わたる)が聞いた。
私は、グレイのビジネススーツに飛んだつけ汁を
拭き取りながら明るく答えた。
「え~と、先月の雅人は、
私の部屋が汚いって、逃げ帰ってから音信不通ぅ。
先週の拓也は、料理を作ったら
一口食べて、全部ごみ箱に捨てられちゃっておしまいぃ。
昨日の良一は、
待ち合わせ場所に来た途端、
服がダサイって、ファッションのお説教が2時間。
まったく、世の中にはろくな男がいないわよね」
同意を求めた私の目線を受け流し
渉は、店員に声をかけた。
「すみません。蕎麦湯、お願いします」
真面目に聞け! と言いたいところだが、
三十路女の愚痴を我慢して聞いてくれるのは、
弟のようなこの幼馴染だけなのだ。
御飯を口実に呼び出しているとはいえ、
渉は、嫌がりもせず付き合ってくれる。
おかげで私の恋愛遍歴の
ほぼ全てを把握されてしまっているのだが。
「でも不思議なことにね、
付き合うのは毎回タイプが違うんだけど、
別れる時には、みんな
廊下に立たされてるワルガキを見るみたいに
冷た~い目で私を見るのよ。
きっと・・・」
そこまで話したところで蕎麦湯が届いた。
「お待たせしました」
訳アリの雰囲気を感じ取ったのか
店員は、ちらりとこちらの顔を盗み見てから
蕎麦湯の湯桶を置いた。
「ありがとう」
私は、お礼を言い、
店員が一礼して去るのを見届けてから話を続けた。
「きっと、私が12月24日生まれなのが良くないんだわ。
本当なら誕生日とクリスマスで
毎年二回はある筈のお祝いが
一回にまとめて済まされちゃうじゃない。
生まれた瞬間から、ついてないようなもんよね。
ハッピーバースデーとメリークリスマスの二重奏も
子供の頃は楽しかったけど、
二回分のプレゼントが一回で済まされてるって
気付いてからは、全く楽しめなくなったし。
まあ、5月生まれの渉には、分からないだろうけどね」
「そんなこと無いですよ。
でもこの先は、外で歩きながら話しませんか」
話が長くなりそうだと思ったのか
渉はそそくさと、蕎麦湯を飲み干し、
会計を済ませて出て行った。
『幸せそうなカップルを見たくないから
ツリーの無いお蕎麦屋さんを選んだのに』
と反対したい気持ちを飲み込み、
私は、渉の後を追って店を出た。
コートに袖を通して外に出ると
港に続く石畳の道には少し雪がチラつき、
イルミネーションを背景に寄り添って歩く
恋人たちが眩しいくらい輝いて見えた。
ぎりりと寂しさが骨を噛むような痛みを心に感じ、
小走りに駆け寄った私に、
渉が笑顔で話の続きを振ってきた。
「誕生日がクリスマスということは、
サンタクロースが誕生祝いを持ってきてくれるって
ことですよね。
聖子さん、サイコーじゃないですか」
悪意がないことは分かっている。
渉は、嫌味や皮肉を言うタイプではない、
純真さから来る冷静な意見なのだ。
だけど、純真さから生まれる正論なんて、
三連続でオトコに振られて落ち込んでいる女には
上から目線で同情されているようにしか聞こえない。
蕎麦屋を出る時に感じた
ちょっとないがしろにされた気分も手伝って
私は、子供のように食って掛かった。
「じゃああんた! サンタクロース連れて来てよ!
ホ~ホ~ホ~、なんて笑いながら
トナカイのソリで空を飛んで来る、
年齢不詳の空中暴走族!
世界中の良い子に、一晩のうちに
プレゼントを届けるとかって
どんなブラック配送業だって引き受けない仕事を
一人で抱え込んでるお爺さん配達員、
いるんだったら連れて来てよ。
毎年クリスマス前になると別れを告げられる
『本命になれない残念な女』の前に連れてきなさいよ。
不幸を幸福に変えられるほどのプレゼントを
届けてくれるサンタクロースなんて
この世にいるわけないでしょ?」
港を行き来する船を見つめたまま
私の叫びを黙って聞いていた渉は
おだやかな声で丁寧に答えた。
「いいえ。サンタクロースはいますよ」
「はぁ? あんな真っ赤な服着た白髭のジジイを?
ケーキ屋の前でウロウロしているバイトくんの事じゃあ
ないですよねぇ、渉さん。ええ?」
自分でも嫌になるほど毒気がたっぷり乗っていたが、
渉は全く動じず、
「見たことは無いけれど、いるのは確かですよ」
と真顔で答えた。
『ああ。もうどう返していいか、わからない』
私は限界を超えた。
恥を忍んで悩みを相談した相手が
サンタクロースが実在するなんて言う
脳みそお花畑な奴だったなんて
情けなくて哀しくて、涙がこぼれ出た。
「どうせ私は、クリスマスを変な友達を過ごすしかない女、
料理も掃除も、何も出来ない女ですよ・・・」
思わす口からこぼれ出た諦めの言葉を
渉は聞き流さなかった。
「そんなことはありません。
サンタクロースと同じように、
あるのに見えてないだけですよ。
ほら、あれ見てください」
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