「妖怪カリカリ」・・・超ショート怪談。村はずれの墓場で見たものは。
東北の深い山の中にある小さな村で、むか~しむかしにあった事だという。
村の長老が、子供たちを集めて言った。
「満月の夜には、カリカリが出るから、子供たちは外に出ちゃいかんぞ。
カリカリという音をたてて幼子の魂を探しに来る恐ろしい妖怪じゃ、姿を見せたら憑り殺されてしまうぞ」
八つになる定吉はそう言われて逆に、その妖怪を見てみたくなった。
「そんな妖怪がいるなら、絶対この目で見てやる」
齢八つと言えば、何事にも好奇心溢れる年頃である。無理もない。
姿さえ見られなければ大丈夫だと思ったのだろう。
そして、数日が経った夜。
満月が雲から顔を出した頃、村中にカリカリという音が流れてきた。
「出た! カリカリだ」
月明かりの元、定吉は村の一本道を急いだ。
カリカリ、カリカリという音は、村はずれの墓地から聞こえる。
足元は真っ暗でおぼつかないが、定吉は気にしなかった。
「何としても見てやる」
定吉は己を奮い立たせて足を速めた。
墓地の入り口までたどり着いた時、
いくつも並ぶ石塔の間に蠢く影があった。一つ、二つ・・・三つだ。
皆地面にひれ伏して、何かをまさぐっている。
その影からはっきりと、カリカリという音が聞こえる。
「何をしているんだろう」
定吉が目を凝らした時、蠢く影の正体が見て取れた。
「あ。あれは・・・」
定吉は息を飲んだ。
墓場にひれ伏していたのは、
いつも挨拶してくれる隣の家のおセキさんだった。
その隣にいるのは、四軒先のお亀さんだ。
その顔は真っ青で血の気が無く、目は爛々と狂気の炎をたたえていた。
「土を掘り返して、中にある棺桶の蓋を指で引っ掻いている。
二人とも今年子供を亡くした人だ・・・」
定吉は、カリカリの正体を知った。
子供を亡くした母親が、あまりの悲しさに墓を掘り返し、開かない棺桶の蓋を引っ掻いていたのだ。
「え。もしそうなら・・・」
定吉は恐ろしいことを想像してしまった。
その想像通り、
二人の向こうで蠢いているのは・・・定吉の母だった。
同じように目を爛々と輝かせて、棺桶の蓋を引っ掻いている。
その指は爪がはがれ、血がにじんでいた。
「かあちゃん」
その声が届いたのか、母はこちらを睨んだ。
定吉は心の臓が、鋭い爪でぐっと掴まれたような気がした。
だがそれは、ほんの一瞬のことであった。
墓地を照らしてた満月が雲に隠れると同時に、
定吉はかき消すように見えなくなってしまった。
すると定吉の母は地面にひれ伏し、再びカリカリと音を立て始めた。
その横の傾きかけた墓標には、「俗名 定吉 享年八歳」と刻まれている。
月の無い墓場の中で、三人の母親の姿だけがいつまでも蠢いていた。
おわり