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「先輩は渡り鳥」・・・ラヂオつくばで朗読された作品です。
先日、ラヂオつくばで朗読された作品です。
秘かに憧れる先輩がクラブを・・・・
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「先輩は渡り鳥」 作・夢乃玉堂
茨城地方始まって以来の寒さを記録した朝、
人通りもまばらな商店街の一角に、長い列が出来ていた。
学生の姿もあれば、スーツ姿のサラリーマンもいる。
その中で、大きなマスクとサングラス。
ニット帽の上からパーカーのフードを被って
顔を隠しているのが私、高校一年生の水野麻友(まゆ)だ。
「ただいまより限定発売のゲーム、
『戦国ひなたぼっこ・下剋上アリーナ編』の整理券を
お配りしま~す。順にお進み下さい」
おもちゃ屋さんの声が、商店街の冷たい空気を少し熱くする。
私の緊張は頂点に達していた。
このお店の入荷数が40個なら余裕だが、20個ならアウトだ。
もし買えなかったら、何のために早起きしたのか、
何のために母親の声色まで使って、
学校に『風で休みます』と欠席届の連絡をしたのか。
残り3枚、2枚、1枚・・・
次の日、正門の陰に身を隠し、私は息を整えた。
時折後ろを振り返り、
ターゲットが一人で歩いてくるのを待った。
セーラー服のスカーフが風に揺れている。
スカートから延びる白い足がまぶしい。
同じ制服を着ているのに、
校舎の窓に映る私の制服は
どうしてこんなにダサいんだろう。泣けてくる。
いやいや。今はそんな事で怯んでいる場合じゃない。
一歩前に出るのだ。
「和田先輩!」
「おお。水野か。いつもちっちゃくって可愛いな」
ああ。この呼び捨ての感じが、たまらない。
私頬を赤く染めながら、握りしめていたパッケージを
先輩の前に突き出した。
「あの。もし良かったら、私の家で、こ、これやりませんか?」
「うわあ! 戦国ひなたぼっこ・下剋上アリーナじゃん。買えたの?」
私は強く頷いた。それから何を話したか覚えてない。
自室のドアを閉じたところで、意識が戻った。
『昨夜夜中までかかって片づけをしたけど、
ちゃんと可愛い女の子の部屋になってるかな』
しかし、和田先輩は、ピンクの熊や、ハート柄のカーテンには
目もくれず、漫画の並んだ本棚に直行していた。
「お。コミックス版も全巻揃ってんじゃん。流石だな。
え~と戦国ひなたぼっこの他は、ゴールキーパー・ボーグに、
燃えろアイスホッケー、パックを奪え!か、
ホッケー漫画が好きなんだな」
私は、ゲーム機に戦国ひなたぼっこのDVDを入れた。
ぶんっと鈍い起動音がして、ディスクが回るのが分かる。
「あ。先輩。こちらへどうぞ。早速始めましょう」
「そうだな。お邪魔しま~す」
画面にゲーム会社のロコが浮かぶと、そのロゴを真っ二つに切り裂いて
猫耳の武将たちが登場する。
草原を駆け抜ける三匹の猫武将たちに合わせて和田先輩は髪をなびかせた。
やっぱりこの人の横顔は素敵だ。
特に、額から鼻、顎にかけての、シュッとした流れは、
ずっと見ていたくなる。
あれは、入学式の翌日だった。
体育館で、クラブ活動の紹介を兼ねた部員勧誘会が行われた。
体育系・文科系の全クラブが、魅力を舞台上でアピールしていく。
野球部は有名なスポ根ドラマのテーマ曲に合わせて素振りをし、
コーラス部は美しい歌声を披露、
書道部は大きな筆を使った書のパフォーマンスを見せた。
私は中学で始めたホッケー部に入ろうと決めていたから、
他のクラブには、興味が無く、
まるで仮装したコントを見るような気持ちで楽しんでいた。
そんな中、ある女性の先輩が登場すると、事態は一変する。
長い髪に猫耳、SFっぽい鎧を身にまとったその人は
登場するや否や、横向きに走るポーズをとった。
続いて、黒子二名が扇風機を抱えて正面から風を当てる。
長い髪が、まるで高速で走っているように、舞い踊る。
見覚えのあるオープニングアニメだ。
体育館は爆笑の渦だったが、
私は主人公を演じているその人の横顔に魅入られてしまった。
翌日、入部届を出すと、同じ中学のホッケー仲間から、
裏切者と言われた。だけど、この思いは棄てられない。
その日から私は、それまで全く興味の無かった
アニメやゲームのことを勉強し始めた。
そして、今日、憧れの和田先輩を私の部屋に
招待することが出来たのだ。
ずっと横顔を眺めている私に、和田先輩は尋ねた。
「水野。今のカット見たか」
「え。すみません、ちょっと見落としました」
「しょうがないな。よく見ててね」
和田先輩は、少し手前から再生しなおした。
「ほらここ。 こんな複雑な渦巻、普通描けないよね。
炎の動きがまるで生きてるみたいでしょ。
さすが作画監督のヤマムラさんだ。
それにこのキャラって、モーションキャプチャー使ってないんだよね。
もう神だよね」
和田先輩は、オープニングアニメへの賛美を始めたのだ。
その後も、ゲームには進まず、
聞いたことも無いスタッフを褒め続け、
アニメ制作の技術的な高さについて語った。
元来負けず嫌いの私も、少しばかり反撃に出てみたのだが。
「先輩。アニメで九頭身のモデルみたいなキャラが歩いてても
ちょっと違和感がありますよね」
「それそれ。やっぱりそれに気づいた。
須佐さんのキャラクターって、違和感だらけなのよね。
そうか~水野も分かるか。
アニメーションなんだから、人間に出来ない動きがあるのは
当たり前なんだけどさ。
他とは違う違和感? 人を引き付ける魔力があるんだよな。
そうだ、ここ見て・・・」
それから、和田先輩は、九頭身と三頭身の違いについて
たっぷり一時間、合計2時間半にわたって、熱弁を繰り広げた。
小さな反撃が何倍にもなって帰ってきて、正直私は疲れ果てていた。
折角、憧れの人とお近づきになれる、と思ったのに、
その人が、はるか遠くにいることを思い知らされたのだ。
その為か、
私はしばらく、アニメ研から足が遠のいてしまったのでした。
ところが、そんな私を驚愕させるメールが飛び込んできた。
「和田先輩がアニメ研を辞めて、ホッケー部に入部。
ショック、しくしく(泣き顔マーク)」
送ってくれたのは、私同様、新人勧誘会で
和田先輩に魅了された同級生・ミカちゃんだった。
私は鞄に仕舞いかけた教科書を放り出し、
グランドに飛び出した。そこに、あの人はいた。
長い髪をポニーテールにした和田先輩が、
ラケットを手にグランドを駆け回っているではないか。
「どうして? 私はあなたの為に、ホッケー部をあきらめたんですよ」
私は心の叫びを押さえながら、
ホッケー部の練習を呆然と見つめていた。
翌週、私はさらに驚かされた。
和田先輩が、ホッケー部を辞め、女子サッカー部に入部。
さらにその翌週には、サッカー部も辞めて、バスケット部に。
次々に体育会系のクラブを渡り歩いていったのだ。
「和田~。お前運動部を転々としてるそうじゃねえか、どういうつもりだ」
放課後の廊下で和田先輩に絡んできたのは野球部員たちだった。
「どういうつもりも何も、私は自分に必要なことをやってるだけよ」
「何だと。いいか、スポーツはな、一か所に腰を据えて
みんな一緒に鍛錬することでチームの一体感が出来て強くなれるんだよ。
お前みたいにすぐ辞める部員がいたんじゃ、迷惑なんだよ」
「そんな事分かってるわよ。
だから迷惑にならないように、一週間で辞めてるんじゃないの。
それに言っとくけど、一体感やチームワークは、
運動部の専売特許じゃないわよ。文化部だって大事にしてるのよ。
お互い違うことを考えていても、一つの目標に向かって
努力してるのが分からないの?」
「ケッ! お気楽なアニメオタクだったくせに。スポーツをなめるな」
野球部員が声を荒げても、和田先輩は全く怯まなかった。
「だったぁ? 『だった』ですって?
私はアニメオタクを辞めた覚えは無いわよ。
そんな風にしか見えないんだったら、
あんたたちの選球眼は腐ってるわね」
そして和田先輩は、ずいっと野球部員の鼻先に顔を近づけた。
「私はね。アニメの為に、運動部に入ったの。
ホッケー部も、サッカー部も、バスケット部も全部必要なのよ。
あんたたちも『二刀流の星』っていう野球アニメ知ってるでしょ。
ライバルが魔球を投げる時の迫力あるカット。
あれは荒唐無稽に見えるけど、理にかなってるの。
通常ピッチャーは投球動作に入ると体の軸が・・・」
気の毒な事に、野球部員たちは、
和田先輩の語る野球理論を1時間近く聞かされた。
「もう。分かったよ。勘弁してくれ」
プロ顔負けの知識量に圧倒され、意気消沈する野球部員に
和田先輩は言い放った。
「お気楽なスポ根ファンのくせに、アニメをなめるな!」
数日後、和田先輩はアニメ研に戻ってきた。
真っ黒に日焼けした先輩は、学園祭向けに新しいスポーツアニメを
作ろうと提案し、部員全員が賛成した。
タイトルは、「豪快!スポーツ渡り鳥」だった。
おわり
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