「今夜あなたが浮気する相手は」・・・不思議な話。倦怠期を迎えた夫婦がとった予防法とは。
私、伴野麻砂美は今夜浮気をする。
ただし、相手は夫の駿也だ。
私たちは月に一度、浮気ごっこをする。
40歳の声が聞こえ始め、倦怠期を迎えた私たちは、夫婦生活に刺激が欲しくなり、浮気防止を兼ねてこんな遊びを始めた。
お互いに普段とは全く違う服装を着て、
バーや公園で待ち合わせ、別の人間として偽のナンパをする。
一種のコスプレ遊びで別人になる訳だが、夫婦でやってみると、別人になるのは意外と楽しく、どんどん凝った格好になっていった。
バブル期ファッションから始まり、
純和風の着物と羽織袴。
学生服とセーラー服。
ミリタリーファッションにした時は
彼が迷彩服に、ヘルメットまでかぶって繁華街をうろうろしていたため
警官に職務質問されてしまった。
今回は、大正時代のモボ・モガファッションだ。
私はモダンガールらしく、白いロングドレスに白いレースの手袋。
髪はショートボブにして、釣り鐘型のクロッシェ帽も購入した。
ついでにデパートの化粧品売り場で、適当な理由を付けて
お試しの化粧をしてもらった。
「彼氏に受けるように、古風な感じのメイクが出来る化粧品が欲しいんですけど」
「それでは、こちらなどはいかがでしょうか?」
そんなやり取りをして販売員の力を引き出し、中々大正っぽい雰囲気にはなったが、逆に大人しくて色気が感じられない。
デパートを出て待ち合わせ場所に向かう途中、露店が出ていた。
地面に広げられた絨毯の上に、たくさんのシールのようなものが並んでいた。
「これ、何ですか?」
「フェイクタトゥーですよ。シールみたいに貼れてお湯で流せるんです」
フードを深くかぶった青年が答えた。
「ちょっと時代に合わないけど、面白いかな」
私は、『温故知新』と書かれたフェイクタトゥーを、首筋の目立たないところに貼り付けた。
これくらいの遊びは、かえって刺激になって駿也も喜ぶだろう。
さて、駿也はどんな格好で来るのか。
カラオケボックスなどを使い別々に着替えをして来るので
待ち合わせ場所に着くまで、互いの扮装は知らない。
始めて見た時の驚きが大切なのだ。
待ち合わせは、昭和初期に建てられたという銀行の建物。
今はレトロな雰囲気のカフェになっている。
ここで私が駿也にナンパされる、という筋書きだ。
「美容院とメイクに思ったより時間がかかっちゃったな。
何と言おう、『出掛けに母から用事を言いつけられまして』
とか、『お父様の監視の目をかいくぐるのが大変で』とかかな」
待たしている駿也に、大正時代らしい言い訳を考えながら、私はレトロカフェに急いだ。
毎回細部にまでこだわる駿也は、大正モードなら間違いなくスマホは持ってきていない筈だし、公衆電話も無い時代の設定なのに、お店に電話したのでは興ざめになるから、とにかく早く歩くしかない。
車の多く通る国道の往復四車線の向こう岸に、レトロカフェの看板が見えた時には、すでに15分ほど待ち合わせ時刻を過ぎていた。
まあ許容範囲かな、と思ったところで、カフェから出てくるモダンボーイを見つけた。
遠目にもわかる上下真っ白のスーツに真っ赤なネクタイ。
山高帽がとても似合っている。顔はよく見えないが駿也に違いない。
「駿也~」
こちらに気づくように手を振ったが、間にある国道の交通量が多く、
全く気づいてくれない。
気づかないどころか駿也は、続いて出てきた白いロングドレスの女をエスコートして、タクシーに乗り込んだのだ。
乗る時に見えた顔は駿也に思えた。
女の顔はクロッシェ帽に隠れて良く見えない。
私が国道を渡る前に、二人を乗せたタクシーは走り出してしまった。
私は車の切れ目を見計らって道を横切り、レトロカフェの中を覗いた。
中には仕事を終えたOLばかりで、駿也の姿は無かった。
「お一人様ですか?」
という店員の声を無視し、私はカフェを出て、タクシーを捕まえた。
「〇〇ホテルまで」
行先は分かっている。
昭和初期に建てられたレトロなホテルを事前に予約しておいたからだ。
そのホテルにある大階段を、二人で上って行くのが、
今夜のクライマックスになるはずだった。
「まさか、本気で浮気しようとしてるの? それとも、偶然モダンガールの格好をした女を私と間違えて連れ出しちゃったの? いや、そんな間違いありえない。」
タクシーがホテルに着くまで、私は思いつく限りの可能性を考えたが
疑問は深まるばかりで、心は晴れなかった。
ようやくタクシーがホテルに着いた。
私は支払いもそこそこに、大階段に向かった。
まとわりつく裾をたくし上げ、慣れないヒールに足を取られそうになりながら大階段の下まで着いた。階段の中程に二人はいた。
慣れないのは向こうも同じようだ。
白いドレスのモガは足元がおぼつかず、
駿也に抱きかかえられるようにして階段を上がっている。
私は思わず叫んだ。
「待ちなさい。ニセモノ! それは私の役目よ!」
一気に駆け上り、女の肩を掴んで振り向かせた。
「ああ!」
振りむいたのは私だった。
いや、私とそっくりの顔をして同じドレスを着て、同じ帽子を被った私。
襟元にさっき付けたばかりのタトゥーまである。
も一人の私は、
「何これ? ニセモノは私なの?」
と言って大声で笑い出した。
階段に響く甲高い笑い声が気味悪く、私はめまいを感じて階段に倒れ込んだ。
駿也がすぐに私を抱え上げて介抱してくれた。
「麻砂美。大丈夫か? 慣れない格好している時は足元を気を付けないと」
「ああ。やっと分かってくれたのね。あなたに会えて良かった」
「何を言っているんだい? まだ別人になってるつもりかい。まあ続けても良いけど」
駿也が体を抱きかかえて立たせてくれた。
周りを見回しても、もう一人の私はいない。
「あれは幻だったのかしら」
少し頭を振ってみたが、まだふらふらする。
足元も、どうにもおぼつかない。
その時、よたよたと階段を上る私の背後から声がした。
「待ちなさい。ニセモノ! それは私の役目よ!」
誰かが階段を駆け上がってくる気配がして、私の肩に手を掛けた。
振り向くと、私そっくりの顔をして
同じドレスを着て、同じ帽子を被った女が私の肩を掴んでいる。
襟元にさっき付けたばかりのタトゥーまである。
私は思わずつぶやいた。
「何これ? ニセモノは私なの?」
そしてあまりにも奇妙な状況に笑いがこみ上げてきて
大声で笑い出してしまった。
肩を掴んでいた方の私が、階段に倒れ込んだ。
駿也がしゃがみ込んで介抱をしているのを
私は見下ろしながら、自分の体がすうっと消えていくのを感じていた。
おわり
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