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「桃色瓶子草?」

数十年前、一時期、安い肉の出所に関する都市伝説が
広まったことがありました。
ブランド肉なんかに興味ないと言う人も、少し考えてみるのも良いかもしれません。

今回は、ちょっと違うけど、肉のお話。

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「モモイロヘイシソウ」 by 夢乃玉堂

その合成肉は、これまでになく美味だった。
俺はもろ手を挙げて、開発者の坪方を称賛した。

「やったな。坪方。新製品開発室始まって以来の傑作だよ。
材料は何なんだ」

「モモイロヘイシソウという植物の種子だけだ。これさ」

坪方は、テーブルの上に並んだビーカーの中から、
ピンク色の細長い植物を掴んで見せた。

「ああそうか。変な化学材料とか使ってなければ良いさ。ウン。美味い」

俺は坪方の説明を聞きながらも、新しい合成肉で作ったステーキを次々に
口に運んだ。その肉は、口の中でとろける様に柔らかく、それでいて適度に歯ごたえがあり、溢れる肉汁はほのかな甘い香りを放ち、どんな高級肉より濃厚でコクがあった。

「すぐに商品化できるのか?」

「いや。もう少し待ってくれ、もうひとつ実験しないといけない事がある」

「それなら早くやってくれ。これなら他社のカニ肉もどきや、
ニセチキンにも負けないぞ。いやそれ以上だ。これを世に出せば、俺の評価も上がる。勿論坪方、お前もだ。
たった一人でプラントミートなんか研究しているお前を、植物オタクなんて言って馬鹿にしていた奴らを見返してやれるぞ」

「ああ。すぐに結果は出るだろうし、君には最初に知らせるよ」

背中を向けた坪方の返事を俺は聞いていなかった。
それほど、新しい合成肉は美味かったのだ。

その日から俺は実験結果が待ちきれなかった。

毎日のように坪方の実験室を訪れては催促をしたが、結果は簡単には出ないらしく、ただ肉を食って帰るだけの日々が続いた。

だが、それでも良かった。
いつの間にか俺は、肉を食べる事が目的になってしまっていた。

ゴールデンウイークで会社が長期休業になり、
あの肉がしばらく食えなくなった。
すると、俺は猛烈な渇きを覚えた。
気が付くとあの肉の事を考えてしまい、食いたくて仕方がなくなってしまうのだ。

気が付くと俺は、研究室のドアを叩いていた。

「坪方! 肉を、あの合成肉を食わせてくれ! 頼む!」

俺は休みでいる筈のない坪方に呼びかけた。
全く、俺はどうかしている。何が起こっているんだろう。
自分の気持ちが分からなくなっても、俺は研究室のドアを叩き続けた。

ふいに、ドアが開き、薄暗い部屋の中から声が聞こえた。

「入れよ。肉なら用意してある」

喜び勇んで中に入ると、部屋の中央に置かれたテーブルの上に
いつものように合成肉のステーキが乗っていた。
俺は、自分の欲望のままに、ステーキにむしゃぶりついた。
無我夢中で食べている俺の背中から、坪方の声が聞こえた。

「君に朗報がある。実験結果が出たよ」

「そうか、ムシャ。それは良かった。で、どんな実験だったんだ?」

食べるのに一生懸命で、俺は坪方の方を向こうともしなかった。

「実験はね。この肉の材料であるモモイロヘイシソウの特性が
肉になっても出るのかを確かめるのが目的さ」

「へえ。それで目的は達したのか?」

「ああ。十分にね。ところで、モモイロヘイシソウって知ってるか?」

「いや。俺がそんなの知っている訳ないだろう。それより工場のラインを確保してすぐにでも量産したいんだ。能書きは良いから、兎に角これを毎日食べられるようにしてくれ」

「そうだな。でも君には知っておいてもらいたい。
モモイロヘイシソウはね。学名をサラセニアン・インマニュエルと言って
食虫植物なんだ」

「食虫植物って、ウツボカズラとか・・・虫を食う草の仲間か」

俺はちょっと、不気味な感じがしたが、肉を食べるのは止められなかった。

「そう。でもこれは少し違う。ウツボカズラやハエトリソウは、
甘い香りなどで自分の中に虫を誘い込んで、消化してしまうんだが、
このモモイロヘイシソウは逆だ」

坪方が俺の左肩に手を乗せた。冷たく柔らかい感触が肩に伝わった。

「これは、動物を誘って、自らの種を食べさせ、その後で動物の体の中で
成長し、内側からその動物を食べる食虫植物、いや食肉植物なんだ」

ステーキを食べるのを止め、肩に乗っている坪方の手を見た。
白衣の袖からピンク色をした芽が顔を出していた。
俺は目線をその腕から徐々に上にあげた。

「合成肉になっても、モモイロヘイシソウの特性は変わらないみたいだ。
実験に協力してくれてありがとう」

そう言った坪方の顔中からモモイロヘイシソウが芽を出し、
覆い尽くしていた。

「うわわああああ!」

恐ろしくなって目の前に上げた俺の手に、ピンク色の芽が生えていた。

ゴールデンウイークが開けた月曜日。
久しぶりに研究室の掃除に入った清掃会社のアルバイトが、人型に植えられた二つの植物群を見つけた。それらは、窓から差し込む朝日の中でピンク色に輝き、とても甘い香りを放っていた。

              おわり


その種子を一度食べた動物は、余りの美味しさに、また食べたくなってしまうそうです。あなたの周りに、我慢できなくなって食べ続けてしまう食べ物はありませんか?
それには、モモイロヘイシソウの種子が入っているかもしれませんよ。
ああ。
ご安心ください。モモイロヘイシソウは架空の植物です。実際には存在しません。ただ、私の友人から「それと同じような成分の食品や添加物は存在する」と報告を受けました。今度調べてみたいと思います。




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