「太りやすい体質」前編・・・怪談。スレンダーな転校生の目指したものは。
2月も終わりに近づいた頃、M女子高に一人の女生徒が転校してきた。
あと数週間で学年が変わる時期に転校生があるのは非常に珍しく、
生徒の間に波紋を広げた。
だが、彼女が黒板の前に立った時の衝撃は、その比ではなかった。
身長175センチ、体重32キロ。
モデルばりのスタイルと、小さな頭。
少し硬めにカールしている黒髪の間から見える、
切れ長の目と薄い唇も相まって、近寄りがたい雰囲気を感じさせた。
ところが、
「名前は、雨野フジ、痛テッ。フチ、フチじゃない。待って。フチコ待って。富士子ですぅ。よろしくお願いします。イタタタ」
と、最初の自己紹介で舌先を噛んでしまったのだ。
スレンダーな見た目と、ドジっぽさとのギャップが、強烈なインパクトとなって女生徒の間に波及していき、あっという間に「フチコ待って」から「フチコマ」という呼び名でクラスの中心に収まった。
その様子を、宇恵田里沙は苦々しく遠くから眺めていた。
「美々の奴、この間まで一緒にお菓子を食べ歩く、無敵のぽっちゃりペアだったのに。すっかりフチコマの信奉者になっちゃってさ。あれじゃあ。まるっきり引き立て役じゃない」
フチコマを取り巻く集団の中に、里沙の親友、渚美々がいたのだ。
里沙はそれまで、美々といる時だけが癒しの時間だった。
1学期の初めに、里沙のお弁当の食べっぷりが気に入ったと言って
美々が声を掛けてきた。
互いに好きな食べ物が同じだと知ると意気投合し、ややぽっちゃり型の体型を気にすることなく、二人で美味しいものを食べ歩いた。
ついには、お昼ご飯からトイレに行くタイミングまで、
学校にいる間は、ずっと一緒にいるほどの仲の良さだったのだ。
ところが今、美々はフチコマの傍にいつもいる。
「さあ。美々。今日もお弁当一杯食べてね」
「どうして? 食べないの?」
「私はいいのよ。太りやすい体質だから」
「え~。それじゃあ。美々が太っちゃうじゃない」
「そうね。もっともっとぽっちゃりしてもらって、
二人並ぶと数字の10みたいに成るのが私の理想ね」
「え~。ひど~い」
互いを許し合ったようなやり取りを耳にするたび、
里沙は苛立ちを募らせていった。
そんな日が数週間続いた後、フチコマが突然学校に来なくなった。
しばらく休む、という連絡が入ったきり、もう五日になる。
美々はひどく落ち込み、見た目にもわかるほどやせ細っていた。
それが又、里沙の心を曇らせた。
その日の放課後、帰り支度をする里沙に美々が近づいてきた。
「ねえ。りーちん」
りーちん、と呼びかける時は、何かお願いをしに来る時だ。
里沙は久しぶりに美々の口癖を思い出した。
「最近、フチコマちゃんがお休みしてるでしょ」
「ああ。そうだね」
「りーちんさあ。今日、フチコマちゃんの家に一緒に行ってくれない?」
何を言っているんだ! 怒鳴りそうになるのを里沙は必死で押さえた。
本当に壊れそうなくらいやせ細った美々の姿を見ると、
冷たく突き放す事は出来なかったのだ。
『ああ。どんな仕打ちを受けても、やはりこの娘を大事にしてしまうんだな、私は。まったく損な性格だ』
嫉妬して、うなされるほど苦しんでも、結局相手の幸せを願ってしまう。
自分が一度好きだと思った娘は生涯好きでいる。そんなけなげで頑なな性格から、里沙は逃げられなかった。
「仕方ない。一緒に行ってやるよ」
頬がすっかり痩せこけた、元ぽっちゃりを安心させるように、里沙は言った。
雨野富士子、フチコマの家は静かな住宅街の外れにあった。
しゃらしゃらしゃらしゃら~。
すぐ裏にある竹林から噴き出してくる風は、まだ冷たかった。
ピンポーン。
インターフォンから聞き覚えのある声が聞こえる。
「美々ね。鍵は開いてるわ。入って」
こちらの様子が見えているのだろう。
大したやり取りもなく、里沙と美々は家の中に入った。
しゃらしゃらしゃらしゃら~。
竹林を抜ける風の音が家の中でも聞こえた。
美々はまるで自分の家のように、どんどん奥へ入って行く。
「ちょっと待ってよ。大丈夫なの、勝手に入って」
「大丈夫よ。フチコマちゃんが待ってるから」
嬉々とした声で答える美々の声に、里沙は言いようのない不安を感じた。
『会えなくて不安になったから、家まで来たんじゃないの?
これじゃあ、まるでフチコマが家にいるのを喜んでいるみたいじゃないの』
美々は、廊下の突き当りにある白いドアを開けると、
迷わずその中に入って行った。
追いかけて部屋に入ると、里沙の後ろで、
バタン、カチャリ。
と、ドアが閉まり、鍵がかかる音がした。
*明日に続く。
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