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「無人の声」・・・体験談から生まれた怪談。その4。


祖父が運転手さんから聞いた不思議。

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「無人の声」

これは、祖父が独身時代から、実家に仕えていた運転手のIさんから
聞いた不思議なお話です。

祖父は目黒に屋敷を構える士族でした。

大正8年頃、当主を継いだ祖父の息子、つまり私の父が、
大戦景気に乗った大商いをしくじり、
家の財政は急落の一途をたどったそうです。

まず、経費のかさむ馬車を止めて、自動車に変えました。
御者だったIさんたち3人には自動車の免許を取ってもらい
運転手として雇いなおしました。

それから2年が経ち、Iさんたちもようやく運転になれ始めていた大正10年。

仕事で夜行列車に乗る父を、中央ステンショ(当時ステーションをこう呼びました)に送り届け、見送った後、空の車を運転して屋敷に向かいました。

日比谷公園前の府道を通り、愛宕山の隧道に差し掛かる手前。
さる邸宅の門前を横に折れたところで、前照灯に小さな嬢ちゃんが、
浮かび上がったのです。

Iさんは思わずハンドルを切って路肩に車を停め、確かめてみました。
しかし、嬢ちゃんの姿は何処にもありません。

「果て、狐狸のあやかしか」

黄昏過ぎに怪しと思いながらも、Iさんは急ぎ車を出しました。

しばらくして、省線(現在のJR)の線路を越える手前で、
今度は嬢ちゃんの声が聞こえました。

ミラー越しに後ろの座席を見ても、誰もいません。

ですが、「おじちゃん…」と、また声が聞こえます。

「これは、ただ事じゃなし」

もう一度路肩に車を停めて、後ろを確認してみた時、
Iさんは気づきました。
声など聞こえるはずがないのです。

この車は、現在の自動車と違い、
運転席と後部座席に当たる客室の間が、壁とガラスで仕切られています。
馬車に類じた旁(かた)になっているのでしょう。
運転席と客室とは、ホーンと呼ばれる電話のような受話器が
設置されていて、このホーンを通じて運転手に指示を送ります。

つまり、客室の声は、運転席からは聞こえません。

それなのに、「おじちゃん」という呼びかけは、
今も聞こえています。まるで脳の中に響いているようでした。

Iさんは「今度は、嬢ちゃんか」と思いました。
実は以前、捨て子の霊を拾ってしまい、
知り合いの住職に頼んで、成仏させたことがあったのです。

Iさんは、外へ出て客室のドアを開くと、何もない座席に声を掛けました。

「怒らないから出ておいで」

すると、真っ暗な室内の片隅が、ふわっと少し明るくなり、
金糸が織り込まれたおべべを着た嬢ちゃんが現れたのです。

伏せたお顔をこちらを向けて、恥ずかしそうに座席にお座りしています。

「どうしたんだい」

Iさんが優しく尋ねると、消え入るような声で

「母さんのところに行きたいの」

と答えます。

思った通りでした。

Iさんは、前にお願いしたり合いの住職の元に車を走らせ、
お経を唱えてもらって、嬢ちゃんを母のいる天国に送ったのでした。

こんな風に、Iさんは、子どもに慕われ、
寄り添って来られる事が度々あったそうです。

話を聞いた父からは、
「別に悪いことをしてる訳じゃないから」とか
「看板出したらどうだ」と言われ、
祖父までも、
「職業間違えたんじゃないか」と言い出す始末。

そういう時、Iさんは決まって、

「わしは、運転手ですわ。」

とさらりと答えていたといいます。

考えてみれば、祖父母といい、母といい、
私の周りには、見えてしまう人が多いんですね。

私には、幽霊の女の子を車に乗せてお寺に連れて行くような力は
無いけれど、自分が出来る善いことをして行こうと思うのです。

           おわり

知り合いから「こんな話があります」と送って頂きました。
幽霊を車に乗せる話は、青山墓地のタクシーを始め、たくさん聞きますけど、大正の昔からあったんですね。
そんな体験談を元に新しく怪談として仕上げたものです。
お送り頂き、ありがとうございます。*怪談として一部加筆しています。

#怪談 #体験談 #不思議 #大正 #車 #運転手 #祖父母 #見える #幽霊を乗せた話

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夢乃玉堂
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