「前世と来世」・・・スピリチュアル好きの妻に贈ったのは。
スピリチュアル好きな妻の貴美子にピッタリの誕生日プレゼントを贈った。
「退行催眠術師ミスターレグラス!
あなたの前世を手繰りますですって?
嬉しい! この前テレビに出てた人よね。催眠術でその人の前世まで遡らせてくれるんでしょ。よく取れたわね、予約3年待ちって言ってなかった?」
「もちろん、広告代理店のコネを使いまくったさ。
貴美子の喜ぶ顔が見たくってね」
「ホント? ありがとう~」
貴美子は満面の笑顔で俺に抱き着いて来た。
俺は口角の少し上に「満足のえくぼ」を浮かべて笑う貴美子の顔が好きだった。逆に不満な時は口角の少し下に「不満のえくぼ」が浮かぶから分かりやすい。
本当に喜んでいると分かって俺はホッと胸をなでおろした。
奇抜なプレゼントだけに、引かれるのではないかと心配していたのだ。
数日後、俺たちはミスターレグラスの屋敷に向かった。
荘厳な造りの北欧風の建物だった。
「これはそうとう儲かってるな・・・」
そんな下衆な事を考えながら、俺は予約している旨を伝えた。
中に通されると、アロマの焚かれたエステルームのような広間で
ミスターレグレッションが待っていた。
黒ずくめのその姿はいかにも神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「では早速前世に誘いましょう。こちらに横になってください」
貴美子がベッドに横になると、催眠術師は小さな鐘を鳴らした。
チーンという澄んだ音が部屋中に響くと、貴美子は深い眠りに入っているようだった。
「お連れの方は決して声を出さないでくださいね。途中で術が切れるととても危険ですから」
真剣な眼差しで見つめられ、俺はしっかりと頷いた。
ぼそぼそと、呪文のようなものを唱えると、貴美子は質問に答え始めた。
眠っている筈なのに、不思議だ。
「さあ。あなたはこれからどんどん若返って行きます。
5年、10年、20年・・・」
ミスターレグラスは、さらに遡らせていく。
やがて100年ほど遡らせたところで、質問を始めた。
「あなたは、今何になっていますか? 周りに何が見えますか?」
「フランスのお城が見えます。森からそれを眺めている狼です。
少し前に貴族たちに追われました」
貴美子の答えに、俺は驚いた。
『人間じゃないのか?』
前世が必ずしも人間であるとは限らないとは聞いていたが、
改めて聞くと笑い出しそうになる。
しかし、日頃から貴美子は城が嫌いで森が好きだった。理由は分からないんだけど、
と不思議がっていたけど、前世が影響していたのかもしれない。
俺は何となく納得した。
貴美子は年齢を逆行する度に、前世の事を話していったが、
それらが皆、彼女の性格に影響しているような気がした。
人はやはり多くの人生を経験して今生を生きているというのは真実なのか。
そんな事を思った時、ミスターレグラスは次の段階に催眠術を進めた。
「では今度は時間を進めて見ましょう。どんどん、どんどん未来を見てみましょう。100年後の未来、あなたは何になっていますか?」
俺は身を乗り出した。
過去だけでなく、未来も導けるのか。
「カエルです」
俺は思わず吹き出しそうになった。
貴美子の顔は少し横長で、笑った時などまるでカエルのように見えるのだ。
「そうですか、なぜカエルなんでしょうか」
「そう。何でも良いんです。ただ人間はもういいかなって思います。
万一、又あの人と結婚することになったら嫌だし、浮気や無駄遣いにイライラするのはもうこりごり・・・」
催眠術師がバツの悪そうな顔をした。
俺は苦笑いするしかなかった。
数分後術を解かれて
スッキリした顔をした妻が目を覚ました。
「う~ん、何だか気持ちよかったわ。ねえ、私の前世、何だった?」
「ああ。オオカミだったよ。フランスのお城のそばの森に住んでる」
「やっぱりね。だから私、森が好きなのよね。
ありがとう。あなたのプレゼント最高よ」
「ああ。それは良かった」
満面の笑みを浮かべる貴美子の顔を、俺は素直に見ることが出来なかった。
さっきまでその顔には、来世の事を考えて不満で一杯になったえくぼが
浮かんでいたのだから。
おわり
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