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「よんできろ」・・・怪談。江戸時代。酔った勘定方が遭遇した不思議とは。


『よんできろ』


幕府勘定方の佐野竜太郎は、
酒が回るといつも説教を始める癖があった。

「算盤には、一文の狂いもあってはならない」
「帳尻の合わない勘定は、たとえ上様であっても受け取ってはならない」

などと、出来もしないことを長々と説教するために、
『お説教の安売り』と陰で揶揄されていた。

ところが、その日は珍しく他人を褒め続けていた。

「とにかく、伊和谷鉄心って侍は、夫婦そろって評判がウナギ登りなんだよ。ひっく。わかる?」

近頃、同僚夫妻の仲の良さが、江戸城下で話題になっているのが、
羨ましくも、誇らしかったのである。

竜太郎は、鉄心夫妻が大好きだったのだ。

しかし、竜太郎を乗せた駕籠かきにとっては、やはりいい迷惑であった。

「旦那。ご同僚が褒められているのは十分分かりましたから、
そろそろ行き先を教えてくだせえよ。
もう小半時もグルグルこの辺を回っているんですからね。
最近ここらも物騒だって噂があるんですから、お願いしますよ」

「そんな事とは何だ! あぁ、とにかくそのかろ、角をまっすぐ曲がれ!」

「まっすぐなんですか、曲がるんですか?」

「曲がる~~~」

駕籠かきが、嫌々ながら四度目の方向転換をした時である。
どこからか、か細い女の声が聞こえた。

「よんできろ。よんできろ」

「ん? こんな時間に女が?」

声の出所を確かめようと駕籠かきが足を止めると・・・ズドンッ!
と巨大なクスノキほどの太さの白い柱が、目の前に落ちてきた。

「うわあ!」

駕籠かき二人はその場で腰を抜かし、這ったまま逃げていった。

白い柱の上端は夜の闇に紛れて見えないが
まっすぐに天から降りてきている。

柱は、地面に近いところがくの字に曲がり、
その先は、五つに枝分かれしている。
そして妙な色気を感じさせるほど艶があり、色が白い。

それは、ふた抱え分もありそうな巨大な足であった。

不思議なことに、丁度くるぶしにあたる部分に
華やかな織の反物が巻きついている。
西陣のようなきらびやかな織物は、この世のものではない禍々しさを感じさせた。

「なんらぁ。早く動かんか」

動かない駕籠に業を煮やした竜太郎が、ふらつきながら降りてきた。

「よんできろ。よんできろ」

「誰だ?呼んでるのは、駕籠を呼んでるのはこっちだぞ」

竜太郎は虚ろな眼で声のする方、つまり、天から伸びた白い足に、目をやった・・・

「なんだお前は。随分背が高いな。ひっく。
色の白いは~七難隠す、と言うがぁ、そんなに大きいと隠しようもないな。あははは」

酔っている時の竜太郎は無敵である。
千鳥足のまま大足に近づくと、恐れることなく足の表面を、ぺちぺちと平手で叩き、うおおっと唸ると、両腕を広げてしがみついた。

「う~ん。お前はふっくらとして抱き心地が良いのぉ。つきたての餅のようじゃ。夢心地じゃな。愛しいのう。可愛いのう」

そう言うと竜太郎は、足に抱き着いたまま眠り込んでしまった。

不思議なことに、竜太郎の寝息が聞こえ始めると
太い柱のようであった足は次第に細くなっていく。
細くなった足は、いくつかのくびれが出来ると、ぼやっと光を発して、人の形になった。

それは、まだ頬赤いあどけなさが残る少女の姿だった。

少女は金糸の織り込まれた着物の袖で、竜太郎の体を優しく抱きしめると
最後は、音もなく消えていった。


翌朝、竜太郎は西陣織の反物を抱きしめて
寺の門前で眠っているところを、掃除に来た小僧に起こされた。

その寺は、亡くなった遊女が担ぎ込まれることで有名な
三ノ輪の投げ込み寺であった。

住職に話を聞くと、「よんできろ」とは、廓言葉で「呼んでくれ」という意味であるという。
数年前、若い遊女が病に罹って倒れ、客を取れずに死んだ。

遊女は、倒れる前に買った西陣の反物で、新しい着物を作るのを楽しみにしていたという。

それから、巨大な足があらわれる事は無くなったという。

遊女の無念がこのような怪異を起こし、それを竜太郎が『可愛い可愛い』と優しく撫でたので、遊女の霊は成仏したのでがないか、と人々は噂した。

その後しばらく、吉原では、竜太郎の評判がうなぎ登りに高まった。

『佐野竜太郎は、死んだ遊女でさえ昇天させる』。

                    おわり




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