CBとして見える景色
先日、神奈川県1部リーグのFCグラシア相模原対鎌倉インターナショナルの試合にグラシアのスタッフとしてベンチ入りをした。
私はジュニアユースではグラシアの前身であるインフィニット相模原でプレーをして、ユースではグラシアでプレーをした。私が指導者キャリアをスタートさせた場所もグラシアであり、私が中1の頃から計算すると、かれこれ13年もお世話になっていることになる。
残念ながら試合の方は鎌倉インテルに0-3で敗れる形となったが、私と同期の選手が今も現役でプレーしていたり、お世話になったコーチとお話できたりと良い時間を過ごすことができた。
そしてグラシア対鎌倉インテルの試合後には紅白戦が行われた。グラシアはセカンドチームもあり、神奈川県3部リーグに所属している。そしてその紅白戦に人数が足りなかったため、私が急遽プレーをすることに。
試合前に「もう1年半プレーしてないから走れないよ」と散々保険をかけてLCBとしてプレー。私の本職はボランチなのだが(というかCBはやったことがない)、この日は25分を2本LCBとしてプレーした。
私のパフォーマンスは1年半プレーしていないことを考慮しても擁護できない内容で、2失点を自分のミスから献上。最後の方は周りの選手に介護してもらいながらなんとか走り切った。
久しぶりにボールを蹴ったり、11人制のゲームをフルピッチでやったり、真剣にバチバチにプレーしたり、スプリントして背後のスペースをカバーしたりと『プレーをする楽しさ』が蘇ってきたような感覚だった。
そして、プレーをする中で興味深い事象が起こった。それは"プレイヤーとして培った身体に染み付いている感覚や感性"と"指導者として培った知識や論理"を融合させてプレーしている自分がいたことだ。
例えば、RCBから長めの横パスを受けて私の目の前にスペースがあった時に頭の中で「スペースに運んで相手を惹きつけてからボール放す」ということを考えながら行動に移す。そして相手のFWがプレスに来るのだが「どこにパスを出すのか」は自分の感性を頼りにベストだと思うところへ配球する。それが相手DFラインの背後であったり、中盤への縦パスであったり、SBへのパスであったり、はたまた逆サイドへのサイドチェンジだったりする。
おそらく現役の頃は何も理論やセオリーは考えずに感覚だけでプレーしていたはずだ。自分がベストな選択肢だと思うプレーが実際は理論的にも正しいプレーだったということはあると思うが、理論やセオリーが先行してプレーが始まることは現役の頃はなかった。
だから論理的に思考する自分と感覚的にプレーする自分が融合しているのは非常に新鮮な感覚だった。「現役時代もこんな状態でプレーしたかったな」なんて思いつつも久しぶりの全力プレーは気持ちいい肉体的疲労と満足感で心地良かった。
CBから見える視野
今、改めて自分のプレーを振り返ってみると視野が狭いことに気付く。特にボールを受ける前と持っている時では視野の広さが全体の50%程度まで狭まっている印象を受けた。
これでも一応ボランチをやっていたため、視野の広さは他の選手よりもある方だと自負していたが、オンザボールになると特にボールサイドとは反対側のサイドを見ることが難しくなる。
そして面白いことに1番遠くの選手は案外視野に入るものだが、逆サイドのハーフレーンにいる選手は視野に入らないのだ。自分の周囲10mまでは見えるのだが、10m〜30mくらいにいる味方はあまり見えず、そしてそれよりも遠くにいる選手は目に入った。
原理はわからないのだが、私の場合は顔が上がると遠くの選手が目に付き、プレッシャーなどを感じて顔が下がっている状態では近くの2、3人しか目に入らない感覚がある。顔が上がっている状態というのは意識的に視野を広げて遠くを見ようとするので、1番遠くの人が目に入るのだが、おそらく意識的に見ているエリアが近くから遠くに移されたイメージだ。
近くにいる味方は意識的に見なくても間接視野で見えるため顔が下がっている状態でも見えるが、遠くにいる選手はそうはいかない。そして、視野の広い選手は多分顔が下がっている状態で見える間接視野が広いか、事前に認知する作業をしているためボールを受けた時にはどこに誰がいるかわかっている状態になるのだろう。
遠くにいる選手が見えるのに、中距離にいる選手が見えないのは意識的に見るエリアが遠くに向いているからであって、中距離の選手はレンズの外にいるような感じなのかもしれない。改めて、ピッチサイドで見ている景色とピッチの中で見る景色は全く別物だなということを体感した時間だった。
プレス耐性
後ろからボールを繋いでビルドアップしようとするチームのCBは相手FWからのプレスを回避でかるかが肝となる。相手からのプレッシャーを受ける中で上手くビルドアップできるCBを「プレス耐性が高い」なんて言ったりする。
私が指導しているチームの選手たちにはプレス耐性が高まるようなトレーニングを行ったりするのだが、『プレッシャーの感じ方』は人によって異なるのかなと今回CBとしてプレーしたことで感じた。
私は現役時代は主にボランチとしてプレーしていたため、他のポジションの選手に比べてプレス耐性は高い方だったのではないかと今では思う。やはり360°からプレスがかかるため、常に首を振って認知を行う作業をしていたのだが、今回CBとしてプレーしてみると認知の部分でかなり負荷が低いと感じた。CBは基本的に自分の前に相手がいるため、顔が上がっていれば相手がどこにいるかを認知することができる。
自分の技術不足で相手FWにパスを引っ掛けてそのまま失点してしまったのだが、プレッシャーを強く感じて焦ってプレーするような場面はボランチの頃に比べると、さほど多くなかったように思う。
おそらくプレス耐性とは何かを紐解くと、
ということになるのだろう。
もし、CBの選手でプレッシャーを感じてしまって焦ってしまったり、スペースがあるのにボールを運べないでボールを放してしまう場合には状況を認知できていない可能性が高く、認知するスキルを高めていくことでプレーを改善できるのではないかと思う。
偽9番
相手チームのフォーメーションが4-2-3-1のような形で、基本的に相手のCFに対して私ともう1人のCB2枚で対応した。
トップ下の位置にいる選手に対しては基本的にボランチが背中で消してボールが入りそうになるとCBが飛び出して対応する形に。そして問題は「CFがライン間や中盤まで降りて行った際にどこまでついていくのか」だった。
いわゆる『偽9番』と呼ばれる動きなのだが、いざ自分の対戦相手がそういった動きをすると非常に厄介だと感じた。上手くCFをボランチの選手に渡せれば良いのだが、すでにボランチの選手が誰かをマークしていた場合難しくなる。
更にはCFが中盤に降りた時にトップ下の選手が背後に飛び出したり、同時に背後のケアも頭に入れておかないといけないので対応が難しいと感じた。特にボールホルダーにプレッシャーがかかっていない時には背後の警戒心が高まるため、なかなか捕まえることができない。
最後に
いつもは指導者としてピッチサイドからプレーを俯瞰しているため見えている景色があるが、逆に俯瞰していることで見落としている部分もあると感じることができた。特にピッチレベルでの目線はついつい指導者が忘れてしまいがちなので、たまには自分自身がプレーすることも大切だと感じた1日だった。
またコーチングの重要性も再確認できた日でもあった。個人的にチームの足を引っ張る形となってしまったのだが、ボールがない時の味方へのコーチングでは大きくチームに貢献できたように思う。
味方を励ますようなモチベーション系のコーチングから、「逆サイド空いてる」、「○○見ろ」というような味方に選択肢を享受するコーチング、更には「こうしていこう」「こうした方が上手くいくという」具体的にどうゲームを進めていくかという方向性を示すコーチングなどを上手く使い分けていくことによってゲームを徐々に良い流れに持っていくことができた。
前半は0-3だっが、後半は3-1で勝利。運動量的には私のチームは落ちたはずだがコーチングでプレスに行くところと行かないところをハッキリさせることで無駄な体力の消費を抑えたり、後半はポゼッションでも狙いを持ってボールを動かすことができたいた。改めてコーチングの威力を感じることができた瞬間だった。
チームの足を引っ張ってしまったが、非常に楽しくプレーできただけでなく、プレーすることで改めて認識することもあり貴重な時間となった。お付き合いしていただいたグラシア相模原のトップチームのメンバーありがとうございました。