ラインの間に立つ重要性
1-1
真っ青に染められた敵地での試合後には700人近くの赤い軍団の声が響いていた。絶対王者のアルヒラルを相手に浦和は堂々たるパフォーマンスを見せてセカンドレグへ繋げられたことは大きい。
西アジアの覇者であるアルヒラルは浦和の4-4-2のゾーンディフェンスを前にボールは保持できるものの効果的な攻撃は見せられず、フラストレーションが溜まっていったのは明らかだった。
個の質だけみればサウジアラビア代表やイガロ、マレガ、ミシャエウといった反則外国籍選手を揃えるアルヒラルの方が部があるが、それでも試合を五分五分に持っていけたのは浦和の組織的な守備が機能したからだろう。今回はそんな浦和の4-4-2のゾーンディフェンスに注目していく。
4-4-2ゾーンディフェンス
アルヒラルは浦和の4-4-2の守備に対して、下の図のように4-1-5(5-1-4)をベースにボール保持。ビルドアップではボランチのカンノが2CBの間に下りて、SBを押し上げるような形がベースとなっていた。その結果、ビルドアップでは興梠+小泉vs3+1の構造になることが多かった。
浦和はいつものように小泉か興梠がボランチを消しながらCBにプレスに行く形で対応。この試合では積極的にボールを奪いに行くよりも、穴を空けないように4-4-2をコンパクトにすることの方が2トップは優先していた。
浦和の誤算
浦和の誤算は前半12分の失点の場面。浦和はゴール前に4-4-2のローブロックを作って人数は足りていた。しかし、アルヒラルのRSHのミシャエウがドリブルで明本を剥がして、CB-GK間にボールを流し込み、浦和のミスコミュニケーションもあってアルドサリにゴールを奪われてしまった。
明本がドリブルでミシャエウに抜かれたのだが、クロスボールに対して西川かショルツがボール処理していれば問題のない場面だったが、ミスが生まれて失点。浦和としては明本が抜かれた後に岩尾がカバーに戻っていたことやPA内の人数も足りていたことを考えると、守備組織が崩された訳ではなく失点してしまったのでもったいない形となった。
ライン間を封鎖
しかし、浦和は失点後も相手の勢いに呑まれることなく、冷静に戦えていた。失点はしたものの浦和の4-4-2のゾーンディフェンスはアルヒラルの攻撃を十分に制御できていた。
アルヒラルは下の図のようにカンノが下りて3バック化して、左はアルブライヒ、右はチャンヒョンスが配球役となる。そこにアルファラジがフラフラっと顔を出してボールを動かす。アルファラジはボールを受けたいがために2トップの横に流れてボールを頻繁に受けていたので、前半はほとんどの場面で2トップの前方または横でボールを持たせることができた。浦和としては2トップの背後を使われる機会が少なかったので、浦和のダブルボランチが動かされることが少なく、常にコンパクトな4-4-2を保つことができたのでアルヒラルの攻撃には対応しやすかった。
すると、アルヒラルのボール保持はほとんどが浦和の4-4-2のブロックの外側となる。LSHのアルドサリがボール受けようと下りてきたりしていたが、ブロックの前で持たれる分に全く怖くなかった。
アルファラジはアルヒラルのボール保持の鍵を握る存在でボールの配球やテンポの変化で存在感を出す選手だが、アルファラジが2トップの背後で受けようとしても興梠と小泉に消されてボールを受けることができず、結局サイドに流れてきてボールを受けるしかなかった。アルヒラルの両CBはビルドアップの能力がそこまで高くなく、最終ラインで3+1vs2の状況で2トップの脇からボールを運んで前進する場面や角度をつけて2トップの背後にボールを配球することはできていなかった。
ダブルチーム
そうなると、浦和が1番怖いのがRSHのミシャエウの個人技を活かした突破だが、浦和は失点シーン以外はSHとSBで挟み込むようにダブルチームで対応できていた。下の図のように8分ではアルドサリにボールが入った瞬間に酒井と大久保で挟み込み、ボールを取りあげカウンターという良い守備からの攻撃が見れた。
20:28では左サイドで関根と明本でミシャエウを挟み込んでボール奪取。質的優位のある相手に対してはしっかりと人数をかけて守ることで上手に対応できていた。
ダブルチームを行うにあたって、関根や大久保の運動量は相当なものだったはずだ。守備時は深い位置までプレスバックを行い、攻撃では最前線まで飛び出していくことが求められるので彼らのこの試合での貢献度は計り知れない。
基本的にこのダブルチームでサイド攻撃を封じることができていたのだが、唯一危険な場面が生まれたのが65:12のマレガにシュートを打たれた場面。下の図のようにミシャエウが関根と明本を引きつけてカンノへパス。カンノへのプレスで岩尾が引き出されたことによって、PA内のポケットにスペースが生まれて、マレガがポケットでボールを受けてシュートを打たれてしまった。
セカンドレグではダブルチームでサイド攻撃を対応した際のハーフスペースやチャンネルランのケアは課題になるだろう。
停滞するアルヒラル
組織的な守備でしっかりと対応していると焦れ始めたのはアルヒラルだった。かなり無理矢理縦パスを通そうとするような場面が増え始め、27分ではビルドアップでLCBのアルブライヒからの縦パスを伊藤がインターセプトしたところからショートカウンターでチャンスを作った。
残念ながら興梠が滑ったことでシュートまで持ち込めなかったがこの試合で初めて相手のビルドアップでボールを引っ掛けることに成功。浦和が少しボールを握れる時間も増え始めた。
アルヒラルはボール保持率の割にチャンスの気配がないので困ったことだろう。アルヒラルは30分辺りからシステムを4-2-1-3に変更。アルドサリをOMFに置き、ミシャエウ(LWG)イガロ(CF)、マレガ(RWG)の3トップという布陣に。このシステム変更でアルヒラルのボール保持は改善が見られた。
34分の場面はアルヒラルが上手くライン間を使ってボールを前進させた場面。下の図のようにアルブライヒからライン間のイガロへと縦パが入り、2トップの背後に立ち位置を取ったアルファラジへと落とす。アルファラジがサイドを変えてチャンヒョンスへとボールが渡り、浦和のスライドが間に合わない内にライン間のアルドサリへとパスが渡った。
最終的にこの攻撃からPAに侵入するところまで成功。アルドサリはライン間に立ち位置を取り縦パスを受けれる選手なので、浦和は左サイドに固定されていたアルドサリが中央にポジションを移したことは厄介だった。これまでほとんど封鎖していたライン間にも意識を向ける必要が出てきた。
しかし、このシステム変更でアルヒラルは守備面で問題を抱えることとなる。この後に説明するが、ハイプレスがハマらなくなるという問題だ。
アルヒラルのハイプレス
『ハイプレス』はアルヒラルの強みの1つとなるだろう。この試合でも浦和はアルヒラルのハイプレスに手を焼いた。
アルヒラルは下の図のようにマレガとイガロが2CBにプレスに行き、アルファラジが岩尾を監視、アルドサリが酒井と伊藤の間の中間ポジションに立つことでどちらにも対応できる立ち位置を取っていた。
前半の立ち上がりは浦和はアルヒラルのハイプレスの前に後ろからボールを持つことができず、ロングボールでなんとかという感じだった。怪我明けの酒井がこの試合に間に合ったことは浦和にとって非常に大きく、アルヒラルのハイプレスに対して酒井をターゲットとしたロングボールでひっくり返すことができた。
また、この試合の興梠もCBを背負いながらもボールを収める職人技を遂行。17:16では下の図のようにショルツのところでハメられたが、ロングボールを興梠が納めたことで擬似カウンターのような状況となり、最終的に小泉がふんわりと浮かせた背後へのパスに興梠が反応してチャンスを作った。
21:48でも明本のところで強い圧力を受けたが、興梠がアルブライヒを背負いながらもキープをしたことでファウルを獲得。前進のキーマンとして興梠は重要な役割を果たした。
中央攻略
徐々に浦和に流れが傾き始めた28分にはようやく浦和が落ち着いてビルドアップすることができた。浦和は岩尾が最終ラインに下りて3vs2の局面を作り、中盤では4vs3の局面を作り数的優位を確保。サイドに逃げることなく中央からビルドアップすることができた。
アルヒラルは興梠の偽9番とアルドサリのところで数的優位を作られることにかなり手を焼いていた印象だ。興梠の偽9番に対して深追いすることはなく、あっさりとカンノに受け渡す形が多く、中央で数的優位を作ることができた。またアルドサリは伊藤と酒井のケアを担当しており、前線のプレスが緩くなるとパスコースを限定できず、アルドサリも上手く立ち位置を取れない場面が伺えた。
アルヒラルの懸念点
前述したようにアルヒラルは前半の途中からシステム変更をした。攻撃面では一定の改善が見られたが、ハイプレスには穴が生まれ始めた。下の図のように浦和のSBに釣られて両WGが押し込まれる。OMFのアルドサリが前に飛び出してプレスをかけたがイガロとアルドサリの間に大きなギャップがあり、岩尾から伊藤への縦パスを簡単に通すことができた。
前述した通り、アルドサリは4-4-2ではLSHとして酒井と伊藤のケアという重要なタスクを担っていた。しかし、OMFになるとそのタスクはなくなりアルヒラルの守備の強度は落ちていった。またLWGにコンバートしたミシャエウが酒井の高い位置取りに付いていく形で最終ラインに吸収されていたので、アルヒラルからするとこのシステム変更によって守備時に脆くなる懸念点が生じた。その結果、アルヒラルは後半開始からスタート時の4-4-2にシステムを戻すことを余儀なくされた。
浦和は後半の頭にすかさず、アルドサリのところでの数的優位を活かしたビルドアップを実行。伊藤が浮いたので西川からパスを受け、大久保が外からスライドする形で内側に入ってきて伊藤からの縦パスを引き出した。
残念ながらアタッキングサードまでボールを運ぶことができなかったが相手の弱点を突く良いビルドアップだった。
ライン間を使えない攻撃は停滞する
アルヒラルが70%以上ボールを保持しながら攻撃が停滞していったのはライン間を終始上手く使うことができていなかったからだ。
アルヒラルは後半からボランチのカンノとアルファラジを2トップの背後に立たせて浦和の1列目と2列目のライン間を使おうとトライしてきた。しかし、アルヒラルのCBのビルドアップの能力がさほど高くないことと、浦和の2トップが上手く背中でパスを消していたので、アルヒラルはライン間を使うことに苦労していた。
浦和の2トップ(興梠、小泉)の守備能力は優れていて、良い立ち位置をとって背後をしっかりと消せていた。ホセカンテが興梠と代わって投入されてから少しルーズになる場面も見られたが基本的には1列目のディフェンスを機能させていた。
当然、アルヒラルは4-4-2のブロックの外側でボール回しながら浦和陣内に押し込むことはできるのだが、そこからの攻撃はテンポアップができず停滞した。
ブロック内への侵入は個に依存
浦和の4-4-2のブロックの中に侵入する手段はミシャエウとアルドサリの個の能力に依存していった。後半何度か見られたが、アルヒラルの左サイドでミシャエウやアルドサリが下りてきてボールを引き出して、何とかドリブルでブロックの中へ入っていってゴールに迫る攻撃しか機能していなかった。
71:38が良い例で左サイドでミシャエウが浦和の2列目の前からボールを受けてドリブルで少し運んで、イガロへのパスコースを作って縦パス。イガロの体の強さを活かしたポストプレーからチャンスになりかけた。
アルヒラルの凄いところは組織的に勝れなくても、個の能力でどうにかできてしまうところで、この試合でも後で浦和の組織的な守備を攻略した場面は何回かあった。
スペースメイク
アルヒラルがアタッキングサードに侵入した際に『スペースメイク』の動きがないことはアルヒラルの攻撃が停滞した理由であり、浦和がライン間を封鎖できた要因でもある。
82:14ではアルヒラルが完全に押し込んだ状態だが、アルドサリが伊藤のタックルでボールロストした。下の図のようにアルヒラルの前線の選手はポストプレーを得意とするタイプが多く、背後へのアクションを起こせる選手がいない。その結果、浦和のディフェンスラインは背後のケアでラインを下げる必要がなく、浦和はコンパクトな陣形を保つことができてライン間にはスペースがなくなる。
従ってアルヒラルの攻撃は中央にボールを入れると浦和のコンパクトな守備の前にボールロストを繰り返し、ボールロストを恐れてブロックの外側でのボール保持が続いた。浦和としてはこの状況であればアルヒラルが割り切って放り込んでイガロやマレガの高さを活かすような攻撃の方が嫌だったはずだが、アルヒラルはファーストレグということもあってそこまで割り切った攻撃はしてこなかった。
皮肉にもアルドサリが退場してからのラスト10分弱で、マレガやイガロをターゲットにボールを送り込んでくるアルヒラルの方が恐さが出ていた。浦和も露骨に対応に困っていてファウルやCKに逃げる場面が増えていった。
試合全体を振り返ってみれば浦和の組織の方がアルヒラルを上回り、アルヒラルの個の方が浦和を上回っていた。セカンドレグに向けてアルヒラルにライン間にスペースを作り、そこから攻略するような知見があるかどうか、また浦和は質的不利を突きつけられた時にどう対応するのかという課題が残った。
しかし、浦和からすると敵地でのアウェイゴールと戦術的キーマンであるアルドサリが出場停止となったことは大きな成果と言える。
決戦は5/6。ホーム埼玉スタジアムで5万人超えの大観衆でチームを後押しして、アルヒラルに「本物の浦和レッズをお見せしよう」。