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吉福伸逸さんの仕事③ ケン・ウィルバーの翻訳

 吉福伸逸さんの重要な仕事その3。吉福さんが翻訳した本の中でも、とびきり重要な一冊がこちら、『意識のスペクトル1 意識の進化』(春秋社)です。1980年代に自己探求、自己成長、意識の成長といったテーマに興味を持った人なら、きっと一度は手にしたことがあるのではないでしょうか。ケン・ウィルバーのデビュー作で、トランスパーソナル心理学の金字塔となる一冊です。原題は"Spectrum of Consciousness"ですが、読みやすくスペクトラム→スペクトルとしたとのこと。

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 カバーに”EVOLUTION”の文字が見えます。

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 アメリカで出た原書は一巻本なのですが、翻訳にあたって2分冊になりました。こちらは下巻にあたる『意識のスペクトル2 意識の深化』。表紙の文字は”INVOLUTION”。残念ながら2冊とも、今は絶版のようです。

 アメリカ・オクラホマ州生まれのケン・ウィルバー(1949―)は、独学の天才というべき人物。いくつかの大学に在籍したものの、その思想は瞑想修行と仏教や哲学、心理学の本を読み込む孤独な作業によって形成されました。最初の著書『意識のスペクトル』は1973年に完成したようですが、20社以上の出版社に断られ、ようやく世に出たのは77年。ところ発売されるや話題となり、宗教的な境地まで視野に入れた心の発達論は注目を集め、新しい心理学分野として台頭しつつあった「トランスパーソナル心理学」の代表的な論客、理論的な支柱とされるにいたったのです。

 しかし、この本もまた、難物です。古今東西の心理学、精神医学、哲学、宗教、神秘主義の広範な知識がこれでもかとつめこまれていて圧倒されます。今回は編集を担当した岡野守也さんに取材し、吉福さんとの衝撃の出会いから翻訳の過程まで、興味深いお話を聞くことができました。共訳者の菅靖彦さんのお話もちょっとびっくりの内容です。

『意識のスペクトル』の出版後、ケン・ウイルバーは吉福さんがもっとも力を入れる仕事になり、この後も出版が続きます。

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『無境界 自己成長のセラピー論』は『意識のスペクトル』を短く要約したもの。田中三彦さんや菅靖彦さん、プラブッダさんらとの共訳が多い吉福さんですが、こちらは吉福さんが一人で翻訳したもの。その翻訳というのがまた、独特というか神がかりというか。それについては『仏に逢うては…』で書かせていただきました。

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『アートマン・プロジェクト 精神発達のトランスパーソナル理論』(春秋社)。このもまた分厚い一冊で、「ウィルバーを読むことは現代における優れた苦行であり、知のヨーガでありうる」というあとがきの言葉にうなづくほかはありません。

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『眼には眼を 三つの眼による地の様式と対象域の地平』(青土社)。帯には「科学・哲学・宗教が、それぞれに描き出してきた三つの視界を、それぞれに位置付け、トータルな一つの地平に修練しようとする包括的なパラダイムの試み」とあります。

 このほか工作舎から『量子の公案』が出ていますが、吉福さんとウィルバーのからみはここまでのようです。やがてウィルバーはトランスパーソナル心理学とは一線を引くことになり、独自の「インテグラル理論」を構築。『進化の構造』『万物の歴史』といった大著を世に問うて行きます。

 近年ではこの「インテグラル理論」をヒントに、フレデリック・ラルーが提唱した「ティール組織」が注目されているようです。「ティール理論」に興味を持った方が『意識のスペクトル』を読んでどんな感想を持たれるのか、聞いてみたい気がします。


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