慄く恐怖のサンチェスちゃん
夜中に一人で歩くのって怖いやん?
それ、別に女の人だけのことちゃうねんで。
実は男やって怖いねん。
いきなり変な人に襲われるんちゃうか?
とか。
あそこの角曲がったらオバケいるんちゃうか?
とか。
普通に誰でもそんなこと考えんねん。
しかも背後から急に足音なんかしてみ?
…チビってしまうやん。
今日はそんなチビッちゃうよなお話やで。
★★★★★
ヒュ~ドロドロドロ
オバケの話する時ってこんな効果音使うやろ?
でも実際、ホンマに怖い時にはそんな音鳴らへんねん。本当のところ、こんな音は意図的に人間を怖がらせるために鳴らしてるだけやねん。
ドロドロ音鳴ってる時に、角から「ギャーン!」て急に出てきたらガチャピンでも怖いてテレビでもやってたやん? 結局は「深層心理的に怖い」って感情が存在してるから怖い気ぃがするだけやねん。
でもそれを消そうったって無理な話やろ。一度頭にすり込まれた記憶って、そう簡単に消えへんねん。残念やけど。
せやけど不思議なもんで、人はそれを逆に楽しみに変えれるおかしな生きもんやねん。『絶対安全』って前提が付くだけで、そんな怖いもんに金払ってでも行きたがるやん?
ホラー映画とか、
脱出ゲームとか、
スリリングな乗り物とか、
怖ければ怖いほど人って集まんねん。しかもやで、逆に中途半端はあかんくらいや。半端な怖さは、逆に人を呼べずに終わんねん。「絶対安全」で、「ごっつ怖い」がうけんねんな。ま、そんなことはどうでもええんやけど。
話を戻すで。
突然やけど、みんなは自分がいつ「怖い」って感情を知ったか覚えてるか?
きっとどっかで怖い思いして、そっからホラーとか暗闇が怖いと思うようになったはずやねん。
もちろん育ってきた環境が違うから、夏がダメだったり、セロリが嫌いやったり色んな条件があるはずや。もしかすると、物心ついた頃に真っ暗な部屋で一人で寝てたら怖くなったとか、そんな些細なことかも知らん。
ただワシが知ってるサンチェスちゃんは違ってんな。
サンチェスちゃんは近所に住んでるチリ人のガルシアの長男なんやけど、まだアブアブ言ってるくらいの幼児やねん。
なんならまだ幼児やから、サンチェスちゃんは怖いものなしやねん。まだ怖いっちゅう感覚が頭ん中にないから、怖がるっちゅう態度自体がないねんな。
でもこの前な、
そんなサンチェスちゃんがこの世の終わりくらい怖がる瞬間を目撃してん。ガルシア曰く、始めての恐怖やったんは確かやから、みんなにも教えとくな!
◆◆◆
ある日、ガルシアに連れられたサンチェスちゃんは、近所の公園へ遊びに行きました。公園では近所のガキンチョどもが連れ立って遊んでいました。すると、まだ1人で歩くこともできないサンチェスちゃんを乗せたベビーカーの元へ、珍しがった子供たちが集まってきました。
「うわぁ可愛い! この子のお名前は? 何歳ですか?」
ガキンチョの1人がガルシアに質問をしました。
と、突然やけどここで問題やで。
ガルシアは、その子供に何と答えたでしょうか!
「サンチェスだよ。まだ8ヶ月さ、可愛いだろう?」
やと思うか? うんうん。
それとも、
「サンチェスさ。みんなよりまだ少しだけ小さいけど可愛がってやってくれよ」なーんてシャレオツな返事やと思う?
そんならいよいよ答えやで?
準備はええか?
はい、時間切れや。
答えは、
「lo siento. Yo no sé japonés. ¿Qué estás haciendo?」
でしたー!
(正確には"的な"ことやで。ワシ喋れへんから)
ま、そらそやろ。
ガルシア日本語喋れへんもん。なんなら顔もメッチャ怖いで。いっつも真顔で怒ってるみたいな顔やねん。エエ奴なんやけどな。
せやからその質問したガキンチョな、
ガルシアに怒られた思って、えらい勢いで泣き始めてんな。しかもその癇癪っぷりが凄くてな、鼻の穴から何から全部ひっくり返したよな顔して泣き叫ぶねん。
で、そん時に偶然その子の顔がサンチェスちゃんの目の前に迫ってんな。鬼のような奇声と、鬼のように崩れた顔面を目の前で見たからやろなぁ。あまりの恐怖にワナワナしたサンチェスちゃんも、恐怖に慄いた子鬼のように泣き出したわ。あれは始めての恐怖を感じた人間がする本能の顔やったわ。
そしてなす術なく立ち尽くすガルシアを、ワシは1人優雅に公園のベンチでワンカップ飲みながら眺めててん。終いにはガキンチョの親とかも騒ぎ出して阿鼻叫喚の地獄絵図やったけど、ワシはアクビしながら1人で先に帰ったわ。
その後どうなったかて?
そんなんワシが知るわけないやん。
…そういや、あれ以来ガルシア見てないなぁ。
嘘やで、嘘。
昨日もちゃーんと無愛想な顔してたわ!