
まか「朱い音が鳴る」感想
「文芸くらはい」はシロート読者・春Qが文芸作品を読んでアレコレと感想を書く企画です。感想を書いていい作品は絶賛募集中。詳細はこちら。
◆春Qの近況
働いて1か月。後輩ができました。早い!!
◇「朱い音が鳴る」あらすじ
朝宮宝水は三十歳。幼馴染・佐伯里奈の変死を受けて葬儀に出席したところ、幼少期に失踪したはずの遊佐摩耶と再会する。不思議なことに、葬儀に参加したほかの幼馴染たちは誰も摩耶のことを覚えていなかった。連絡先を交換したものの、摩耶とはその後連絡がつかなくなる。
幼少期の出会いを思い返すと、里奈は摩耶と入れ替わりのように現れたのだった。気になった宝水は里奈の実家を訪ねるが、すでに転居済みだった。
そんな時、宝水の前に探偵の朱音凛が現れる。朱音は怪異の専門家として里奈の事件を調査していた。摩耶の失踪と里奈の変死に関連性があると見た二人は、協力関係を結ぶことになる。
里奈の実家を訪ねた時、朱音は摩耶が存在していない事実を語った。そのうえで里奈はなんらかの霊的な存在に体を乗っ取られ、魂を失ったという。
事件現場の公園へ来た宝水と朱音。宝水が朱音を追って井戸の中に入ると、なんとそこはパラレルワールドが広がっていた。そこで摩耶と再会した宝水は、摩耶と里奈が対の存在であることを知る。パラレルワールドにはそれぞれ似たような別人が存在しており、摩耶の世界にいる宝水はすでに死んでいるという。その過程で宝水の中にもう一人の宝水の霊が混ざり、摩耶の記憶を持つようになった、と。
パラレルワールドはバランスを保つため、両方の世界で似たような出来事が起こる。摩耶の対である里奈が死に、もう一人の宝水も死んだ。二人が今後も無事でいられる保証はない。
元の世界に戻った朱音と宝水はお互いの情報を交換する。朱音は、死の危険がある宝水を守るため家に泊まることになった。たわいもない会話をするうち、朱音は「自分には呪われた妹がいる」と明かす。自分の代わりに呪いを受け、以来植物人間状態だという。
宝水はその告白をきっかけに、仕事先であったトラブルのことを思い出す。何気なく客のことを調べてみると、その家は1か月前に火事で全焼していた。また火事の前に死んだ母親は部屋の壁に埋められていたという。その部屋の壁紙をはったのは、宝水だった。死んだ母親の霊が祟っている可能性があるとみた二人は翌日、今は更地となった焼け跡へ向かう。霊的に対処したあと、朱音は宝水の母親に会いに行くことを提案する。
宝水は母に叔父の智について尋ねる。智が横浜の病院で亡くなったことを知り、朱音は妹の呪いと智の死につながりがあるかもしれないと考える。
翌日、二人で再び井戸の中に入ると、宝水の姿が変わり始める。なんとパラレルワールドは存在せず、宝水の正体は井戸の怪異だったのだ。実は井戸は二つあり、宝水の力で転移装置に変えられていた。パラレルワールドだと思っていた公園は、井戸によってつながっている別の公園だった。
宝水にとりついた怪異は摩耶と親しくなったが、彼女が事故死してしまった。そこで摩耶の魂を保管し、別の幼馴染である里奈に入れることを考えた。整形依存症の里奈が、摩耶そっくりの容姿になるように誘導したのだが、里奈は自分以外の女の影を感じて似ても似つかぬ顔に整形していた。怒りが暴走した宝水は里奈を殺した。
そこで朱音の妹・怜が登場する。実は怜の呪いはすでに解けており、朱音の協力者として立ち回っていた。朱音は怪異に、人間の宝水に肉体を返すよう伝え、里奈を成仏させると言った。
しかし怪異は朱音と怜の霊力を利用し、龍として姿をあらわす。龍と朱音・怜は戦闘に入るが、最終的に二人は龍に力を貸すことになった。数分間だけ摩耶を復活させることに成功し、龍は満足する。
推敲の大切さに関しては前回いろいろと書いたので本作については触れないものとします。
設定的には前回扱った「赫き歌声」と重なるところがあります。大きく異なっているのは主人公・宝水が龍としてラスボス化する点。
整形依存症の同級生・佐伯里奈が変死するところから話が始まるところは同じ。
春Qは2作を読み比べて不思議な気がいたしました。2作品ともメインとなる主題が違うのです。それぞれこんな感じだと思うのですね。
◎各作品主題
「赫き歌声」➡異性双子の入れ替わりもの
「朱い音が鳴る」➡龍と少女のラブストーリー
同じ世界観、設定を共有しながら主題が異なっている。一番書きたいことはなんだったんだろう?と思いました。
一方の作品を改作して、もう一つの作品が生まれたのは明らかにそうなんです。春Qにも身に覚えがあるので具体例で説明しますね。
まず「異世界BLを書こ!」と思いつく。ドSな領主様に翻弄される聖職者が萌えるな~・・・と、妄想をふくらませてプロットを書く。
さて、いざ書き出すとイマイチ筆が乗らない。あれこれとこねくり回した結果、自分がドSな領主様にまったく魅力を感じていないことに気づくわけです。なんか……だったら器用貧乏な騎士様のほうが良くない? 領地を治めるより一緒に冒険するほうが絶対に楽しいじゃん! となる。
こうしてドSな領主様案は没になり、器用貧乏な騎士様案が採用されたのだった・・・。
この場合、領主様案は書き途中でお蔵入りになります。改作自体、(こっちの案のほうが魅力的だ)と思ってすることだから、両案を採用して完成させるって珍しい気がするんですね。なんというか……コスト的に。
しかし現実に「赫き歌声」、「朱い音が鳴る」の二作がこの世に存在している。ということは、おそらく旧案と新案の両方を捨てがたかったんだろうと思いました。
春Qはどちらが旧案でどちらが新案なのか知らないんですが、読み味としては本作「朱い音が鳴る」のほうが好きです。本編のライトSF要素と文体の相性が良く、可能性があると思った。
◇「朱い音が鳴る」の主題
いったん主題の話に戻ります。
先ほど「朱い音が鳴る」の主題は龍と少女のラブストーリーと書きましたが、これは終盤で強引に主題が変わっています。
冒頭に書いたあらすじをもとに主題の変遷をたどってみましょう。
変死した里奈、失踪した摩耶を巡る入れ替わりもの。
⇒探偵の朱音登場により、謎ときの雰囲気が出てくる。
⇒公園の井戸がパラレルワールドにつながっている。ライトSF。
⇒朱音との恋愛要素が出てくる。
⇒井戸の中で主人公が変貌する。
SF的世界観が否定され、異能力バトルものに。
⇒主人公がさらに龍へと変貌する。龍と少女のラブストーリー。
一つの話に色んな要素を入れること自体は否定しませんが、全体の主題は統一したほうが良いと思います。名探偵コナンだって、推理ものという前提があったうえで、蘭との恋愛が成立しているので・・・。
また、春Qは最終的に着地した「龍と少女のラブストーリー」についても良いと思えません。一見キレイにまとまって見えますが、これまでの文脈を覆しすぎているし、このオチを書くためにここまでページ数をかける必要はないと思いました。
そして、コロコロと主題を変えてはいるけれど、おそらく書こうとしていたのは、怪異専門の探偵・朱音凛が歌で除霊して謎を解くホラーミステリだったんだと思うんですね。タイトルからして。
宝水はその活躍を叙述する語り部……のはずが、なんと実際にはその逆で、朱音凛が語り部、宝水は怪異だったのだ~!
たぶんやろうとしていたのはそういうことだと思う。意図は伝わる。でももしそうならやめたほうがいいです。
思うにホラーミステリって、専門的な妖怪知識や、突出した萌えや、知的なトリック、警察官や医師として働いた経験をもとに書くから、売り物になるんだと思います。マンガやゲームだと話は違ってきますが。
もしこの方面で勝負するなら、怪異や龍といった題材について本格的に研究する必要があります。春Qは本作を読んでいて、そういった幻想生物への愛、リスペクトをあまり感じなかったのです。そもそもあんまり好きな題材じゃないのでは??と思いました。
一方で少年マンガ的な演出が好きなんだろうことはひしひしと伝わってきました。でもライトノベルで勝負するには萌えに振り切れていない。女性キャラがたくさん出てくるのに人間性を掘り下げているのが整形依存症の佐伯里奈だけ、という点からは恋愛要素への興味のなさを感じます。
読んでいて、好きを突き詰めて書いてほしいと思いました。好きな食べ物はなんですか、ラーメンですか、カレーですか、焼き肉ですか。
好きなラーメンは塩ですか、味噌ですか、細麺ですか、太麺ですか。欠かせないトッピングはなんですか、海苔ですか、卵ですか、メンマですか、ネギですか……本当にそれが好きならいくらでも語れると思うし、好きを突き詰めているひとの話って不思議といくらでも読めるんですよね。少なくとも春Qはそう。読者の皆様はいかがか。
……で、もしもそこまで思い入れのある主題がないとしたら、作者はライトSFを書いてみたらいいと思うんですよ。
作中ではあっさり否定されましたが、こういった思考実験が嫌いなひとはいません。先述した通り、文体との相性も悪くなかった。
マンガなら「ドラえもん」や「日常」、映画なら「ドロステの果てで僕ら」、小説なら「ときときチャンネル 宇宙飲んでみた」、的な世界観。
特に「ドロステの果てで僕ら」は面白いですよ。やりたいこととは違うのかもしれないけれど、何を書きたいのかを整理するためにもいったんパラレルワールドの可能性に思いを馳せてみることをお勧めします。ちょっと毛色は違いますが、円城塔の「チュートリアル」も面白いですよ。
なんにせよ小難しいトリックをこねくり回したり、あっと驚くどんでん返しを考えるより、素朴な主題で直球勝負したほうが読者の心に響くと思います。しかしここまで口出しするのは感想の域を越えた余計なお世話ですから。あくまで参考になれば幸いということで。
次回の更新は1/24の予定です。
見出し画像デザイン:MEME