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伊藤凱
2018年12月18日 12:18
10 そうして僕は浴室で顔を洗って、歯を磨いた。それから髪を直して、彼女の部屋を出た。踏切で遮断機が降りる音が、聞こえた。もう二度と、彼女の部屋に行くことも、彼女と出会うこともないだろうと考えていた。途中、鳩が僕の足元にやってきたから、僕は小声で話しかけてみた。君は何を考えているの? 鳩は少し首を傾げてから、向こうへ行ってしまった。 彼女は僕が部屋を出る瞬間、おやすみ、と言った。いや、それを
2018年12月15日 14:25
8 「みんな、自分の感情がある振りをしているのさ。本当にあるのは時間の流れと流されるものたちだけであるにも関わらずね」 シャワーの音に混ざって、聞き覚えのある声が聞こえた。ライオンの声だ。彼の立派なタテガミが濡れていたので、彼の体躯はずいぶん小さく見えた。どうして僕はその声を知っていたのだろう?「お腹が空くのも、眠くなるのも、全ては時間の問題なのさ。わかるかい? 全ての感情は、感情の振りを演
2018年12月14日 15:13
7 次の日の朝は、ガーリック・チャーハンみたいにからっと晴れたいい日だった。僕と彼女は二人で水族館に行き、いつかの冬の日みたいに蟹を眺めた。飽きた振りをして動物園に行き、話をする振りをしてライオンの檻の前まで来た。「君たちは何を考えているの?」と僕は雄のライオンの一匹に尋ねてみた。ライオンは、つまらなそうな顔をして、僕たちの前を横切り、奥の方に下がってしまった。僕はもう一度だけ小さな声で聞い
2018年12月11日 14:17
5とん、とん、とん、と踏切の音がまた聞こえ、僕を火星から引き戻した。僕と彼女のいる現在地に僕は再度戻ってきた。 じゃあ次は、ライオンの話をしよう?「ライオンの話?」と僕は高い声で聞き返した。なんだっけ?「そう、火星にいる恋人たちが、星の出る夜に話しているライオンの話」「火星に住んでいる恋人たちは、星を見てお酒を飲みながらライオンの話なんかをする。」「そこはもう聞いたわ」彼女は前髪を耳