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体験学習支援者としてメンターに何ができるか

筆者は,起業体験プログラムや中学校でのPBL学習などにおいて,メンターとして呼んでいただく機会がある.それらのプログラムはその多くが,取り組んでいる課題と同時に,課題に取り組む過程で身につくコミュニケーション能力やリーダーシップなどにも重きを置いていることが多い.

このような体験を通じて学ぶ学習形態のことを体験学習という.私は趣味と言っていいほど体験学習が好きであるが,他者の体験学習を支援する術は持ち合わせていなかった.しかしながら,様々な理論を学んだことで自身の学習の仕組みや支援の方法に検討がついた.

本稿ではメンターを「体験学習を支援するもの」と定義し,我々にはどんな行動が可能なのかを考察していく.

1. 体験学習のモデル

体験学習において,多くの学習者は,その場で学ぶだけでなく,普段の日常に帰ってからも学んだことが適用されることを望むだろう.実際,私が見た参加者には,「学校に戻って(体験学習の場での一皮向けた自分ではなく)もとの自分に戻ってしまうのが嫌」という声もあった.

このような,ある特定の場所で学んだことが他の場所でも発揮されることを学習の転移という.例えば,我々が第二外国語を学習する際,英語の学習でやったように,単語,文法,発音を覚えるという学習戦略を使用したことだろう.これは,英語の学習方法が一般の外国語の学習方法に転移していると言える.

体験学習を促進するにはまずその学習の仕組みを知る必要があるだろう.具体的な体験からの学習の転移について考える際,Kolbの体験学習サイクルが参考になる.

Kolbの体験学習サイクルとは,以下に示す4ステップによるサイクルである.

Kolbの体験学習サイクル
  1. 「体験」
    体験学習の学びの源となる体験のことを指す.

  2. 「意識化」
    意識化とは,自らの行為・経験・出来事の意味を,俯瞰的な観点,多様な観点から振り返ること,意味づけることを指す.意識化は,何を振り返るかが重要である.例えば,振り返る対象が「仕事の出来栄え」であったり,完成までの「仕事の過程」であったりする場合がある.

  3. 「分析」
    分析では,経験を一般化,抽象化し,他の状況でも応用可能な知識・ルールを作り出す.

  4. 「仮説化」
    先程までのプロセスで形成した一般的な知識・ルールが本当に機能するか実験することを指す.経験学習サイクルは能動的実験によって,アクションされてこそ意味がある.そのアクションから,また後続する経験や内省が生まれうるからである.

以上のKolbの体験学習サイクルを回すと,体験したことから自分の中にスキーマ*が形成され,未知の状況に対しても対応できるようになること (= 学習の転移) が予想される.

*スキーマとは,過去の経験や外部の環境に関する構造化された知識の集合のことを指す.直感的に言うと「こういうパターンのときはだいたいこうすればうまくいくという感覚のこと」である.

2. 体験学習を促進する

ここまで,体験学習での学びを最大化するには,Kolbの体験学習サイクルを回し,学習を転移させる必要があることを述べてきた.体験学習支援者としてメンターを定義するとき,その振る舞いはワークショップ論などにおけるファシリテーターと重なるものが多くある.そこで,そのような学びを促進する方法として,体験学習を促進するファシリテーターの働きScheinのORJIサイクルを紹介する.

体験学習を促進するファシリテーターの働き
Gaw(1979)は,体験学習を促進するファシリテーターの6つの働き(下図を提唱している.


体験学習を促進するファシリテーターの働き(津村,2021より)

ファシリテーターはKolbの経験学習サイクルの各ステップにおいて,図のポイントで学習者の学びを促進することができる.各働きは以下に示す通りである.

  1. 気づきの促進
    体験したことから,さまざまな気づきを拾い出すことを促進する.この促進は問いかけによって行われ,基本的にはグループ体験におけるねらいに基づいて行われる.例えば,コミュニケーションの視点では,どのように話していましたか?  どのように聴いていましたか? など.リーダーシップの視点では,誰のどのような行動がグループやメンバーにどのような影響を与えましたか? などが挙げられる.

  2. わかちあいの促進
    体験したことから気づいたり考えたりしたことを,同じグループのメンバーとできる限り率直にはなしあうことができるように促進する.このことは無理強いすることではなく,できる限り素朴な感想や気付きを自発的に伝え合える工夫が必要になる.

  3. 解釈することの促進
    メンバーやグループの中で気づいたことや感じたことが表明されて,それらの気づきが意味することはどういうことか,少し立ち止まり考えることを促進する.学習者個人にとってどのような意味があったのか,参加者とともに考える問いかけをすることもが大切になる.

  4. 一般化することの促進
    体験での気づきを拾い出し,その意味する所を検討することを通じて,それらの出来事が起こる現象を吟味し,抽象的な概念に発展させることを促進する.ファシリテーターがモデルや理論なども紹介しながら,個々の具体的な体験や気づきからグループの中にどのような原理や法則が働いているのかを引き出す働きかけが大切になる.

  5. 応用することの促進
    概念化したり抽象化したりした原理や法則を活かして,他の新しい状況の中で試みるとよいと考えられる仮説や個人の成長やグループの変革のために行動目標を立てることを促進する.できなかったことや問題点を回復するための課題でなく,メンバーができたことをさらに伸ばすためにはどのような課題が考えられるかなど,ポジティブな現象に対してもさらなる課題を考えてみるような働きかけが必要である.

  6. 実行することの促進
    仮説化したり行動目標を立てたりしたことを,実際に試みることができる場を設定することや,目標を実行できるように後押しすることなどの働きかけが必要である.研修のプログラムの中で複数回にわたってグループワーク体験が実施できる場合には,自分の課題や目標づくりを一度行い,次のグループワークでその行動目標を実行して,その体験を再度振り返ることで,学びを定着させることを促進することも大切である.

ここで,支援(介入)を行ったあと,その介入から体験学習したくなるだろう.その際に有効なフレームワークとして以下に示すScheinのORJIサイクルが知られている.

ScheinのORJIサイクル
Scheinはファシリテーターが自身の行動を振り返るためのモデルとして,ORJIサイクルを提唱している.ファシリテーターは,次の4つのステップを意識することによって,自身の働きかけの適切性を振り返るとともに,働きかけが起こる前の「観察」と自身の感情に気付き,さらには,働きかけの可能性(選択肢)に意識を向けることができるだろう.

  1. Obserb(観察する)
    適切な行動をとるためには,学習の場で実際におこっている事柄を,できる限り正確に捉えることが大切である.しかし,私達の認識は無意識な期待や仮説によって歪められてしまう可能性がある.そのため,いかに自らが無知であるかといった前提に立ち,おこっていることを捉える必要がある.また,メンターとしては,観察するだけでなく,一緒にグループワークに取り組みながらより正確な観察を行うことが好まれるだろう.

  2. Reaction(情緒的反応)
    私達は,自分の情緒的な反応について知ることが難しい.私達は人との関わりとの中で不安や怒り,恥ずかしさ,喜び,幸せなどさまざまな感情を感じながら,実は,どんな気持ちですかと聞かれても自分自身では気付けないでいることが多いものである.メンターはチーム内で一緒に作業を行う過程で自分の中に湧き起こる感情を自覚することが必要である.例えば,「あぁ,私は今このチームの状況に不満を抱いているなぁ」,「あぁ,私は今のワークの進め方に満足しているなぁ」などである.それらを自覚した上で適切な判断,介入ができることが期待される.

  3. Judgement(判断)
    私達は,常にデータを処理して,情報を分析し,評価し,判断を行っている.論理的に思考する能力も大切であるが,依拠しているデータを正しく認識する能力も大切である.我々は単に誤解したり,感情や疲労によって分析も判断も適切に行うことができなくなりがちである.観察でも述べたが,やはり,分析・評価・判断を行う前に,最初に入手する際に情報の歪曲化を最小限にしなければならない.

  4. Intervention(介入)
    私達は,何らかの判断を下し行動する.この際,感情的な衝動に基づいて行動してしまい,論理的な判断を行うプロセスを避けてしまうことがある.現実には,私達は,論理的な判断のプロセスを避けているというよりかは,初めの観察やそれに対する自分の感情的な反応を信用しすぎているのである.

以上のORJIサイクルを繰り返すことの最大の目的は,反射的に介入してしまうことを避けることである.ORJIサイクルと併せて,以下のフォーマットで自身の行動パターンを記述することで比較的容易に,改善点を見つけることができる.

[観察]私はいつも~~~の状況のとき.
[情緒的反応]私はたいてい〇〇〇の感情を経験する.
[判断]私が自分自身に向かって思う(言う)ことは△△△.
[介入]その時、私がしがちな振る舞いは□□□.
[感情]その後で、私は◇◇◇のように感じる.
[行動]私が本当にしたい振る舞いは☆☆☆ .


[観察]私はいつも受講者から質問があったとき.
[情緒的反応]私は「質問ありがとう」という感情を経験する.
[判断]私が自分自身に向かって(ほぼ無意識的に)思うことは,質問の最適な回答は….
[介入]その時、私がしがちな振る舞いは質問への適切な回答である.
[感情]その後で、私は直接回答を教えるのではなく,質問で考えさせた方が教育だったのではないかと感じる.
[行動]私が本当にしたい振る舞いは直接教えるのではなく,相手に考えさせる問いかけをすることである.

3.各段階で使える問いかけ

各段階の介入の例として問いかけをメインに以下に示していく.

3.1 気づきの支援

気づきの支援のための問いかけ

3.2 分析の支援

分かちあいのための問いかけ
解釈のための問いかけ

3.3 仮説化の支援

一般化を促進する問いかけ

3.4 応用の支援

応用を促進するための問いかけ
まとめの問いかけ

4. 具体的なメンターとしての介入

最後に,私が実際に行った介入の例を紹介する.

  1. 参加者が体験学習サイクルのどのフェーズにいるのかを観察や問いかけによって把握する.

  2. そのフェーズを深めたり,次のフェーズに移るために介入を行う.

介入の選択肢として,以下のようなものがある.

  • 問いかける:「君はどうして参加したの?」「〇〇は意図的な行動だったの?」「どんな気づきがあった?」

  • モデルになる:「それって見方を変えると〇〇とも言えると思わない?」「今,気づいたんだけど…」

  • 教師になる:「それをやるなら,〇〇を使うといいよ」「それにはこういうステップがあるよ」

  • パートナーになる:「一緒に〇〇さんに聞きにいこう」「記録するから思うままに喋ってみて」

  • つなげる:「〇〇さんと一緒にやってみたら?」「それなら〇〇さんが詳しいよ」

  • 見守る


補遺:抽象化するためには

体験から学んだことを他の場面でも利用するには,抽象化が必要である.ここでは,抽象化するためのポイントをいくつか紹介する.

  1. 目的をもつ.
    抽象化する際には,具体的な事柄をなんのために抽象化するのか,という目的を持つことが重要である.具体例としては,「コミュニケーションに大切な留意点」,「チームワークを高めるために必要な留意点」などの目的を作成してから抽象化に取り組むとよいだろう.

  2. 構造的に考える.
    抽象化する際には,考えている事柄の各要素を構造的に考えることが必要である.例えば,「プリンターのインク」を「何度も交換が必要な物.交換にはそこそこの費用がかかる.」と構造的に理解しておくと,「居酒屋の飲み物」との類似が見えてくる.このように考えている事柄の中でそれぞれの要素がどのような構造にあるかを考えるとよいだろう.

  3. 類似を見出す.
    構造的に考えた各要素に対して,目的に基づいて類似性を見出すことが重要である.鈴木(2020)によると我々は以下の順に類似を見出しやすいそうだ.学習者に類似を見つけてもらうには,以下の観点に基づいて類似がないか,問いかけるとよいだろう.
    ・対象:名詞で表現されるような物を指す.
    ・属性:形,色,重さ,大きさ,価値など対象の性質を指す.
    ・関係:関係同士を結びつける要素.

    下表に水流と電流における類似の具体例を示す.

水流システムと電気回路の対応関係(鈴木,2020より)

参考文献

  1. 津村俊充(2021),『改訂新版 プロセス・エデュケーション 学びを支援するファシリテーションの理論と実際』,金子書房

  2. 津村俊充(2005),『人間関係トレーニング 第2版』,ナカニシヤ出版

  3. 津村俊充(2003),『ファシリテーター・トレーニング』,ナカニシヤ出版

  4. Gaw(1979),Processing questions:An aid to completing the learning cyle.(津村俊充(訳)(1996),プロセッシングのための問いかけ:体験学習の過程を完成させるための助けとして,南山短期大学人間関係研究センター紀要  人間関係,13,207-217)

  5. 津村俊充(2009),プロセスからの学びを支援するファシリテーション --ラボラトリー方式の体験学習を原点として --,南山短期大学人間関係研究センター紀要 人間関係研究,8,30-68p

  6. 津村俊充(2021),Tグループとは No.040 体験からの学びを促進する問いかけとは?,https://jiel.jp/blog-manager/tgroup/15503/,2024/08/31最終閲覧

  7. 中原淳(2013),『経験学習の理論的系譜と研究動向』,日本労働研究雑誌,4-14p

  8. 鈴木宏昭(2020),『類似と思考 改訂版』,ちくま学術文庫


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