アカデミアで生き残る方法
アカデミアの定義が難しいですが、ここでは企業を除く、大学や研究所などの研究ができる機関を指すこととします。
大層なタイトルをつけてしまいましたが、私自身がアカデミアで生き残れているか微妙な立場なので、側から見ていて日々、感じていることを書いていきたいと思います。ちなみに私自身はMD(医師)で、がん関連の研究をしています。
今回は医学系、分子生物系の非MD(医師免許を持たない、以下、PhD)基礎研究者で、国内のポストを探しているという前提で、書いていきます(企業に関しては触れません)。そして最後にMDポスドクの研究室探しについても少し触れます。
1:とにかく論文数が大事
私が大学院に入った時、教授から「何をするにも論文は大事だから、とにかくたくさん論文を書きなさい」と言われました。ここでの論文は原著論文のことを指します。自分が書いた論文がたくさんあれば、自然と道は開けるという考えのようでした。またPhDのポスドクに対しては、IF(インパクトファクター)10点以上の論文を最低でも一本はもっていないと厳しいという話をされていました。アカデミアのポストは年々、競争が激しくなっているからです。たしかにこの考えは正しいですし、私もそう信じていたのですが、最近、少し考えが変わりました。
2:理想の進路
研究者の理想的な進路はどのようなものでしょうか。少し妄想してみます。
一流大学を卒業し、修士課程で有名研究室へ配属されます(MDの場合、このステップは免除)。修士課程の間に原著論文が国際誌に掲載され、学振の特別研究員として博士課程に進みます。そしてIF10点超えの一流誌に博士論文が掲載され、それをもって海外の有名研究室に留学します。留学期間にCNS(Cell, Nature, Science)をはじめとする超一流雑誌に何本か論文を掲載し、多くのコネクションも作って帰国、有名大学の准教授に就任します。そして優秀な大学院生を何人も指導しながら業績を重ね、40歳前にどこかの大学の教授へ就任します。こんなもんでしょうか。
ここまで達成できるのは100人研究者がいて1人いるかいないか、下手したら1000人に1人くらいかもしれませんが、程度の差はあれ国内外でコツコツと研究し、順調に業績を積まれている研究者は一定数いると思います。
3:短距離走とマラソン
研究を続けていくうちに、PhDの方と多く知り合いになりました。その中には先ほど書いたように国内外で地道に研究を続け、業績を積んでいる方もいれば、反対にポスドク歴は長いけれど論文がなかなか書けず、思うように業績を積めていない方もいました。個人的な印象ですが、後者の方が多かったと思います。では論文を書けなかったポスドクは最終的に、みんなアカデミアを去るのでしょうか。
もちろん限界を感じて企業などに移られる方もいますが、実は意外と大学の助教のポストや助教相当の研究員のポストを得て、アカデミアで研究を続けたりしているのです。なぜ論文がないのに、ポジションを手に入れられたのでしょうか。
私は、研究者の力を推し量るのは、論文の数とプレゼン力だと思っています。例えれば、短距離とマラソンです。
マラソンは論文の数のことです。論文を書くには数年間かけて研究をし、論文にまとめる必要があります。その過程は辛いことや大変なことばかりです。それに耐えてコツコツと実験を続けて結果を出し続け、さらにそれを論文にまとめるのです。その工程は、まさにマラソンだと思います。
短距離走はプレゼンのことです。研究者がプレゼンする代表的な機会は学会発表ですが、発表時間は質疑応答を入れてもせいぜい10分程度です。またポストを探すときにジョブインタビューの時間を設けてくれますが、長くても1日とかです。とにかく与えられた短時間で、自分の研究成果を語り尽くし、そつなく質問に答え、自分をアピールする必要があります。短時間勝負ということで、短距離走と例えました。
4:片方だけ得意なポスドクたち
ポストを得るためには短距離走とマラソン、両方とも速く走れる必要がありますが、私の周りを見てみると片方しか得意でないという人が結構いることに気づきます。
雇う側の視点に立ってみます。マラソン(論文)の方も参考にしますが、その人の実力を推し量るのはやはり短距離走(プレゼン)が中心になります。なぜかというと昔に比べて個人の努力だけで論文が書けなくなってきているからです。最近ではビッグジャーナルに論文を載せようとすると、動物実験も、大がかりな実験も、患者さんのサンプルを使った実験も、あれもこれも必要になり、単施設の一人の研究者だけでは成し遂げられない高いハードルを課せられることになります。そうなると色々な施設とコラボしながら、そして場合によっては外注もしながらという風になるのですが、そうなるとファーストオーサーから論文はどんどん離れていきます。
また論文はファーストオーサーのものと思われがちですが、実際に論文をまとめて責任を取るのはコレスポンディングオーサーで、これはボスがなることが多いです。なので論文をたくさん書いているというのは、結局はボスの力量によるという見方もできてしまうのです。
逆に論文がない場合も、その人自身は真面目で優秀だけど、たまたま運が悪くて良い結果が出なかっただけとか、何らかのトラブルに巻き込まれて論文を書けなかったとか、中には自分の実力以外のところ(例えば人間関係とか)で書けなかったか場合もあるわけです。したがってジョブインタビューのプレゼンを聞いて素晴らしい人材だと判断されれば、業績が少なくても採用になる場合があるようです。
そうです、私の周りで、あまり業績がなくてもポストを手に入れていったポスドクたちは、いずれもプレゼンが非常に上手だった、短距離走が異様に速かった人たちなのです。
5:片方だけ得意なポスドクの末路
では、この人たちが次の職場でどうなるか。プレゼンが上手いだけで中身の伴っていない人の場合、つまり全然、働かないとか知識や技術が低い人たちは次の職場で始まったマラソンの過程で、その正体がばれて見捨てられてしまうかもしれません。逆に先ほど書いた、たまたま論文が書けなかった人たちは環境が変わることで爆発的に業績が増えるかもしれません。最近の研究期間は、5年を一区切りにすることが多いので、それだけの期間があれば、その人の実力や人となりが分かってしまいます。何れにせよマラソンと同じで走り始めてみないと、何が起こるかわからないのです。
それでは論文はたくさんあるけど、プレゼンが下手な場合はどうでしょうか。論文はたくさんもっているので履歴書に引っ張られて、ポストを得られる可能性は高いです。有名ラボにも応募はしやすいでしょう。しかし、あまりにプレゼンが下手だと一発アウトの可能性もあると思います。この辺は結局、雇う側の判断になってしまいます。
うがった見方をすると、その人は論文はたくさんもっているけれど「たくさん書いてもらっていた人」の可能性もあるのです。要は、ボスにおんぶしてもらってマラソン大会に参加していたというパターンです。通常、自分で論文を書いていれば周辺の知識量も増えていきますし、論文投稿までに学会や講演会で何度も発表することになるので発表も上手くなっていきます。ところが、そこが伴わないのはやはりおかしいのです。
実際、研究歴10年未満でファーストオーサーの原著論文を20本くらい持っている人が、私のいた研究室に入ってきたことがあったのですが、その人は実験計画を自分で立案できず、周りとのトラブルも多かったため、2-3年で契約終了になりました。実験はできる人だったので、ボスに言われるがまま実験をしてきたのだろうと推測されていました。ちなみにその方は元いた研究室に戻り、再び論文を量産しているようです。この辺は何が正解なのかよくわかりません。
6: 医師が研究職のポストを探す場合
MDについて少し触れます。MDの場合には最終手段があります。「無給で良いので」と言って、有名研究室に入り込むのです。
研究室の運営で一番、お金がかかるのは人件費です。MDは研究室から給料をもらわなくてもバイトして食べていけるので、生活費に困ることはありません。実際、平日は研究、土日バイトで生活費を稼ぐという人もいます。
ただこれにはいくつかデメリットもあります。一つは無給だと、まずボスからは相手にされません。下手したら期待薄のプロジェクトを割り当てられる可能性もあります。有給で自分が雇った研究員だとボスの責任も生じますが、無給なのでプロジェクトが失敗しようが、論文が出なかろうがボスにはなんの痛手にもならないからです。逆に、もしその人が頑張って論文を出せば、言葉は悪いですが、タダで業績をあげられることになります。まさに都合のいい存在です。
もう一点は、PhDのポスドクから白い目で見られる可能性があるということです。彼らは研究で食っていくしかないという切羽詰まった状況で365日、土日も休まず実験に励んでいます(ちゃんと休んでいる人もいますが)。そんな中、週の何日かをバイトに当てているMDを見るとイライラするのも仕方ないかもしれません。しかもそのバイト代は自分の給料より良いかもしれないのですから。またなんとかアカデミアのポストを手に入れようと必死になっているPhDから見ると、「研究が上手くいかなかったら臨床に戻ればいいや」というスタンスのMD研究者は、研究を舐めている存在にうつるようです。
以上のようなこともあり、MDがPI(部長)の研究室は比較的、MDを取ってくれて面倒も見てくれる傾向がありますが、PhDがPIの研究室だと、MDの研究者に対しては好き嫌いが分かれるようです。
ちなみに私も今の研究室に来たときは、色々と事情があって無給でした。ボスはMDだったのでプロジェクトはちゃんとしたものを割り当ててくれましたし、実験計画の相談なども快く応じてくれました。ただ最初の頃は正直、あまり相手にはされませんでした。最初の1年くらい結果が出なかったのですが、特に何も言われなかったくらいです(その代わり学会発表なども一切、させてくれませんでしたが)。結果が少しずつで出るようになってから徐々に相手をしてくれるようになり、3年目から有給に昇格しました。ちなみに有給になってからはプレッシャーがきつくなっています。
また私は子育てもあったのでバイトには行かず、貯金を切り崩していました。私の周りのPhDのポスドクも優しい方が多かったので、私の場合はつらい思いをすることもありませんでした。
ただこの話はあくまで最終手段なので、大学院を終わってすぐなどの若い方には、やはり正攻法で職を手に入れられることをお勧めいたします。
7: まとめ
アカデミアのポストを取るには、短距離(プレゼン)とマラソン(論文)の両方が必要です。時にプレゼン能力がポストを得るのに重要な場合もあるので、注意が必要です。
また本文では書きませんでしたが、有名な研究室で、継続して研究をしているということ自体が評価されることもあるようです。いずれにせよ、論文の数だけではないということです。
今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。近いうちに、この記事に関連する補足を別で出すかもしれません。